ゼノカリオン8
目的地への到着を告げるチン、という軽やかなベルの音と共にエレベーターの扉が開くと、久方ぶりに肌に感じる太陽の日差しが眩しくてジャックは目を細めた。
外は雲一つない、さわやかな快晴だった。
この場所はこんなにも地獄だというのに、我関せずと晴れ渡っている青空が皮肉に思えた。
「これがお外!?すごいすごーい!」
生まれて初めて廃棄場から外に出たヨンは無邪気に大興奮していた。
なんせ暗闇と無人の重機と死体しか彼女の世界にはなかったのだから当然と言える。
ジャックの上半身から液状の身体を乗り出して、あっちこっちを物珍しそうに眺めていた。
「ヨン……嬉しいのはわかるけど、もう少し静かにしてくれないかい?誰かに見つかるとマズいんだ」
「かくれんぼするって事?」
ジャックにとってこの基地は敵地のど真ん中、誰に見つかっても大体まずい。
とにかくこの場所から逃げ出さなくては……と考えていたジャックの思考はヨンに声に遮られた。
「……もじかして、ジャックが言うテキってアレかな?」
ヨンが指差した方向に目をやると数人の警備兵が既にこちらに気付いて向かって走って来ているのが見えた。
ジャックはハッとして周囲をぐるりと見渡してみると、5人位のチームで動いている警備兵達がもう既に包囲の輪を縮めつつあるのが見えた。
ざっと数えても合計で数十人は居そうだ。
「参ったな、僕はここから出たいだけなのに……」
口ではそう言いつつも、ジャックの口角は獰猛で不吉な笑みの形へと持ち上がっていく。
・・・
ジャックと警備兵の間に起きたのは戦闘と呼ぶには余りにも一方的なものだった。
今まで最前線で戦ってきたジャックと前線から離れた施設の警備兵では戦力の差が大きすぎた。
大鎌から繰り出される広範囲の斬撃は多少大味ながら破壊力抜群で、警備兵の身体をライオットシールドと一緒くたに両断した。
真っ二つになった盾と一緒に落ちる自分の両腕を呆けた顔で見つめる事しか出来ない警備兵がマヌケで思えて仕方ない。
「…………」
必死の形相で無線に向かって増援を呼んでいる警備兵の手首を切り落とすと、慌てて落ちた自分の腕ごと拾い上げて通信機に助けを求めようとする警備兵、どう考えても中身が足りてないその粗末な出来の頭を胴体と切り離してあげた。
「…………く」
及び腰になっている警備兵の腹に鎌を突き立てて、刃をゆっくりとスライドさせて丁寧に腸を取り出してやる。
リンゴの皮を剥く時に心の中で皮が途中で切れてしまわない様にゲームをするのと同じ感覚、途中で腸が千切れない様に慎重に慎重に弄ぶ。
「……くくっ!」
鎌の柄の部分で頭を思い切り突いてやると、ヘルメットごと警備兵の頭部は破裂して血と脳漿を撒き散らす。
いくら戦争の最前線を知らない腑抜けた警備兵だからって、これは酷い、笑える程に脆すぎる。
「くーくくく!!どいつもこいつも、弱ぇぇぇなァァ!!!」
最早すっかり戦意喪失して力なく座り込み、家族がいるとか勝手にのたまって必死に命乞いをする警備兵を見る頃には、ジャックはもう胸の内から湧きあがる笑いを堪える事が出来なくなっていた。
「……クククク!クハハハハハハハハァァ!僕が拷問されてた時はどいつもこいつも知らん振りしてた!!してたくせによォォォォ!!!アーッヒャッヒャッヒャッ!!!敵わないと知った途端に命乞いかよぉぉぉ!!!でもごめんよぉ!!!!ぼくさ、今楽しくてぇ、いつもみたいに澄ました顔で君達の事さぁ!殺せないヨォォォォォ!!!!ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
決壊したダムの様にジャックは只々笑い転げた。
こんな下らねえ連中が自分の事を苛んで甚振っていたいたのかと考えると笑いが止まりそうにない。
そんな隙だらけのジャックは警備兵達の数多の攻撃に晒されたが、ジャックに寄生しているヨンが傷を全部治していた。
傷が治るから痛みを感じないのか、それとも人体実験で痛覚が麻痺してしまって戻らなくなっているのかわからなかったが、もう痛みも恐怖も感じない。
もうそれはジャックの敵だけが感じれば良いものだ。
「なんだか楽しそうだね!ジャック!」
ジャックの豹変ぶりを目の当たりにしてもヨンは相変わらず人懐こく笑うだけだった。
生まれた時から死体置き場で死肉を喰らって生きてきたヨンは善悪も狂気もまだ知らない。
だから目の前で狂っていくジャックを見ても「なんか楽しそう」位の感想しか湧かない。
ヨンは楽しそうに嗤うジャックを見てると嬉しい気持ちになるのを感じていた。
「あははははははっ!いっしょにわらうとたのしいね!」
そして彼等の笑い声を止める事が出来る者は誰一人として居なかった。