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ハジマリノヒ  作者: うぐいす
セカイのハジマリ、世界の終わり
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ゼノカリオン7

「外……?」


 ヨンに外に出たいと言われた時、初めてジャックは自分の今居る場所について考えた。

普通なら『自分が今どこにいるか』というのは一番最初に気になるものだが、この時のジャックは起き抜けのヨンとの遭遇の衝撃で、すっかり場所の把握を忘れていたのだ。

ジャックは改めて周囲を見回し、そして改めて酷い場所だと再認識した。


(ここは……用済みの実験体の廃棄場って所か)


 二人が居る死体の山だけではなく、他にも死体が積み重なって出来た山がいくつもあった。

実験の果てに歪んで奇形化した肉塊達からは、それらの元の姿を想像する事すら敵わない。

おまけに薬害や欠損、更に乱雑に扱われて放置された故に腐敗が酷い。

それらが放つ死臭と腐乱臭と薬品臭が混ざった臭いは筆舌に尽くし難く、まさに地獄と呼ぶに相応しい様相を呈していた。


 ブルン!ブロロン!と絶え間なく聞こえるのは死体の山を乱暴に切り崩して運ぶ自動運転の重機のエンジン音。

ブゥーーーーン……と聞こえる重く低い稼動音は重機が死体を放り入れてる大掛かりな処理装置から発せらるものだ。

幸いな事と言えば、薬品か何かで殺されているからか、死体に湧く虫が居ない事ぐらいだ。


 処理装置からベルトコンベアが伸びていて、焼いて残った骨だけを乗せて何処か別の場所へと運んでいく。

地獄を知らない者でも、ここが地獄だよと言われれば疑いはしないだろう。

あまりの光景にジャックは暫し言葉を失った。

酷さの余り、怒りや悲しみを通り越して疑問に感じた。


(人造兵士だから、人権が保障されてないから……だから僕らはこんな扱いを受けなきゃいけないのか?)


ジャックの沈黙を拒絶と受け取ったのか、ヨン恐る恐るジャックに聞いた。


「ダメ……かな……?」


ジャックはハッとしてヨンに応える。


「えっ?あぁ……そうだね、こんな場所、早く出よう」

「やったー!」


 ヨンはパァッと笑顔になって嬉しさのあまりジャックに覆いかぶさった。

しかしヨンの身体は液体なので、ジャックの鼻と口を塞ぐ形になってしまう。


「おぼぼぼぼ……溺れる!溺れるゥ!」

「あ、ごめんごめん」


てへへと舌を出すヨン、一方でジャックはしんどそうに肩で息をしていた。


「つ、次からは気を付けてね……」


 軽く咳払いをしてからジャックは改めて周囲の探索を開始した。

差し当たっては、この地獄を脱出するにのに何か使えそうな物が無いかと調べる為、今度は明確な意思でもって周囲を観察する。

するとジャック達がいる死体の山の3、4つ向こうの山の頂上に何か長い棒の様な物が刺さっているのが見えた。

その異様な存在感にジャックの目は釘付けとなる。


「あの、棒?……一体なんだろう?」


ジャックが指差した方向を見てヨンが不思議がった。


「あれえ?あんなの見たこと無いなぁ……」


 まだ不安定だと言われた体を引き摺るように死体の山を登って、ジャックは引き寄せられるように謎の棒に向かって歩いていた。

ぐちゃぐちゃになっていて安定しない死体達を足場にして、難儀しつつも棒の近くに辿り着くと、どうやらそれが棒ではなく地面に刺さった大きな鎌らしいというのが判った。

ぬるり……というなんとも言えない感触と共に鎌を死体の山から引き抜いてみると、鮮やかに濡れて照らつく紅い刃が姿を現した。

偶然にもジャックは大鎌使いで一番得意な武器であるが……これは果たして本当に偶然なのだろうか?


「……っっ!?」


 ジャックが引き抜いた鎌をぼんやり眺めていると不意に悪寒を感じた。

不意に一瞬だけ視界がざらついて見覚えの無い灰の丘を幻視し、その不毛な景色の何処からか、世にも恐ろしい何者かの声が響いてきてジャックへ告げる。


(ソノ鎌ハ名ハ『カリオン(死骸)』……貴様ノ復讐ヲ助ケルモノダ)


 ジャックはハッと我に返って声の主の姿を探してみるが、既に恐ろしい気配は無くなっていた。


(何だったんだ今のは……?)


 人体実験に使われた薬品の影響か何かがまだ体に残っていて、それが原因で幻覚を見たのかもしれないと思う事にした。


「じゃあ、どうやって外に出よっか?」


 他人が何を考えているか等、まるで気にしてない無邪気さでヨンがジャックに問いかけた。


「……まずここで騒ぎを起して、様子を見に来たヒトをなんとかしてみよう」

「なんとかって?」

「助けを呼ばれたら面倒だから、物陰から襲って気絶させるのが一番だと思うんだけど……」

「わかった、それはキミにまかせるね、私はキミの体を治すのに専念してるよ」

「ああ……多分それなりには動けるけど、まだ本調子じゃない気がするんだ、お願いするよ」

「まかせて!」


 それきりヨンは大人しくなった。

ジャックは騒ぎを起こすのに適当なもの、つまり警報とかを鳴らせる様なものを探してみた。

しかしこのゴミ溜めに火災報知器の様なものは無い……となると多少面倒ではあるが、機械や装置を停止させて誰かに来てもらうのが手っ取り早そうだ。

ジャックは胸に残る得体の知れない不安を『こんな場所に居るからだ』と結論付けて、ついでに大鎌の試し切りの為に無人の重機を機能停止させる事にした。


・・・


「はぁ……面倒臭えなぁ……」


 ゴミ処理施設の職員である作業員の男はコンソールの赤いランプが点灯するのを見て呟いた。

赤いランプは設備に異常が起こった時に点灯するもので、間の悪い事に彼の勤務時間の終了間際にそれが赤々と点いたのだ。

だがこれも仕事だ、そうも言っていられない。

頭の中で組み立てていた帰宅後の予定を一回全部捨ててから、渋い顔のまま現場へと向かった。

トラブルが発生したのは廃棄孔の底、通称ゴミ溜め。

廃棄孔と大層な名前が付いているものの、実際には廃棄処分になった実験体を雑に棄てる場所で……もっと有体に言えば死体の山だ。

新人をあそこへ連れて行くと大体その日の内に逃げるか、続くヤツでも一週間は食事が喉を通らなくなる。


「この服がまた重いんだ」


 宇宙服の様な重くて動きづらい防護服の中でぶちぶち文句を垂れながらも、作業員は専用のエレベーターで現場へと向かう。

やがてエレベーターは停止し、ゆっくりとドアが開く。

作業員は相変わらずの肉の山に辟易しつつも異常を発見するべく周囲を見渡すと、ショベルカーの内の一台がアームを切断されているのを発見した。

鋭い刃物で一刀両断された様な切り口に作業員は驚いた。

白兵戦闘が主流になった今でも、金属製の重機を両断出来る使い手なんてのは滅多にお目にかかれるものではない。


「なんだ……こりゃあ……!?」


 驚く作業員の背後に黒い影が忍び寄る……作業員は全く気付かぬまま、ショベルカーを詳しく調べようとしている。

忍び寄る影は背後から作業員の体を袈裟懸けに両断した。

夥しい量の血が噴出し、斬り飛ばされた上半身は肉の山の一部となり、下半身はふらふらと三歩歩いてから、そこらへんに転がっている肉塊と同じ物になった。

ジャックの奇襲に非戦闘員であった作業員が気付ける訳も無く、作業員は誰に殺されたのかもわからないまま絶命した。


「すごーい!」


 ヨンはジャックの背中から上半身を出して、びちゃびちゃと手と叩いて無邪気に拍手していた。

一方のジャックは自分の気持ちに戸惑っていた。


(なんだ……?この気持ちは一体……?)


 ジャックはゲイズハウンドの任務としてかなり沢山の敵を殺してきたが、こんな気持ちになったのは初めての経験だった。


(高揚感…高揚しているのか?僕は??)


 ジャックは自身が高揚しているのを自覚して驚いた。

臆病なジャックは敵を殺すのが堪らなく怖れており、そのせいかゲイズハウンドの中でも戦闘能力が低い落ちこぼれだった。

仲間達の助けもあり、なんとか任務を熟していく内に、徐々に心を殺して折り合いを付けれるようになっていった。

正直を言えば、今でも一度だって殺しに対して良い感情を抱いた事は無いはずなのに……それが今はどうだ?

ジャックは今、最高に晴れやかな気分だった。

『自分が正しい事をした!』という確信と肯定感に満ち溢れていて、大声で笑ってしまいそうな程に愉快だ……思い当たる節は、ひとつしかない。

ジャックの今持っている、この血の様に赤い大きな鎌だ。


(まさか、この鎌が……!?だけど今コレを手放す訳にはいかない……)


 今の状況がジャックにこの不吉な赤い鎌を捨てる事を許さなかった。

ジャックの葛藤を尻目にヨンが背中から生えてきて、ジャックのほっぺたをツンツンと突っついた。


「ねえねえ、キミの名前教えてよ」

「そういえばまだ自己紹介してなかったっけ……僕はジャック。よろしくね、ヨン」


 こうしてジャックとその体に寄生している一匹は、地上へ通じるエレベーターへと歩いていった。

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