ゼノカリオン6
人権の持たないキメラ兵を使った人体実験の結末は悲惨な死だ。
仮に運良く生き残る事が出来たとしても意識や理性は無いし、そもそもそれが生きている状態だとは断言しがたい状態になるまで身体を弄られる。
キメラに関する技術は確かに再生医療からスタートしたが、復元が不可能なレベルまで弄られたキメラは『元に戻る事が出来ない』
それがどういう結果を齎すのか、言葉にするのも憚られる。
戦時中の今は捕虜収容所にこういった実験施設が併設されているのは珍しくない。
敵のキメラを捕らえて実験する事は技術競争が激しいこの時代に於いて効率的だし必要な事なのだ。
研究が遅れる事はすなわち戦況に影響し、戦争に負けた国は歴史、文化、尊厳、その全てを奪われる。
下手な感傷に浸っている余裕は先進国だろうが、後進国だろうが持ち合わせていない……世界中のどこもかしこも生き残ろうと必死なのだ。
そんな訳で実験施設からは毎日毎日、元はヒトだった生ゴミが大量に出るので実験場と収容所の丁度真ん中にあるゴミ処理場は今日も24時間体制で休む事無く稼動していた。
どしゃべちゃぐちゃあ!
水っぽい音を立てながら新しい生ゴミが暗い穴の底に落ちてきた。
ゴミ処理施設には収容所と実験施設で出たゴミが一旦集められる大きなゴミ溜めがある。
ゴミ溜めの底にはかつて人の形をしていた肉の塊達が山と積まれており、腐乱臭やら薬品臭やらが混ざった強烈な異臭が立ち込めているせいで、マスク無しでは呼吸すらままならない。
あまりの強烈さに漂っている臭いそのものを目視出来てしまうのではと錯覚してしまう程だ。
死体しか無いはずのゴミ溜めの底で蠢いているモノがいる。
一見すると死体の山から流れ出た血溜まりにしか見えないが、よくよく観察すると血溜まりそのものがうにょうにょ動いているのがわかるだろう……一般的にスライムというやつだ。
スライムは液体の身体で器用に肉塊の山を登り、山の頂上付近にある新しい生ゴミの場所へと辿り着いた。
ここはスライムにとっての餌場であり、勿論食べるのは投棄された肉塊だ。
一応味覚があるのか、スライムはより新鮮な血肉を好む傾向にあった。
いつもの様に肉塊の山を物色していたスライムは奇跡的にもまだ息がある肉を見つけた。
「ア……アゥ……」
「…………!!」
あまりにも無残な姿に変わり果てていて、よくよく観察しなければわからないだろうが、それは間違いなくジャックだった。
手足の指は全て無くなっていて、火傷の様な傷口は膿み、どの様な非人道的な所業によるものなのか想像も付かないが、肉と骨が混ざり合って溶け出してる部位もある。
舌も切断されているらしく弱々しい呼吸音しか上げる事が出来ない状態で、更に薬品の影響で意識が混濁している……誰が見ても一目瞭然、放っておけばその内死ぬだろう。
今にも死にそうなジャックの身体へ、赤いスライムが覆い被さっていった。
・・・
ジャックが目覚めて最初感じたのは、ゴミ溜めに充満する強烈な臭いだった。
生物が腐食している臭いと、鋭く鼻を突く様な薬品の刺激臭。
周囲を確認する為に体を起そうと試みるが、それは全身の鋭い痛みで阻害された。
「うっ……!!」
ジャックが酷い痛みに呻くと、まるでその声に反応するように腹部に違和感を感じた。
ジャックの意思とは関係なく腹がビクンと跳ねたかと思うと、腹から赤い粘液の様なものが染み出してきて急激に膨れ上がっていく。
それは今だ悪夢の続きを見ているかのような心地で、堪らずジャックは悲鳴を上げた。
「うわあぁぁ!」
さらに驚いた事に膨れ上がった赤い粘液がジャックに話しかけてきた。
「あははっ!目が覚めた?」
それは徐々に人の形を象ってゆくと、赤い粘液は女の子の上半身になった。
ジャックの腹から粘液で出来た少女の上半身が生えてきたのである。
「身体はもう治したけど、まだ不安定だから無理に動かしちゃダメだよ?」
ジャックは頭がどうにかなってしまいそうだったが、恐る恐る少女に問いかけた。
「き、君は……?」
「ヨンだよ!」
本来この赤いスライムに名前は無いのだが『ヨン』という響きになんとなく聞き覚えがあったので、それをそのまま名前にしていた…………尤も、それは彼女が実験体だった頃の識別番号なのだが。
「君が助けてくれたのかい?」
赤いスライムの体を楽しげに震わせながらヨンは答える。
「うん!生きてるヒトって初めて見たから、どうしてもお話してみたくって……こうやって私が君の体の中に入って、血の代わりをしたり傷を治したりしたの!」
「そうだったのか……ありがとう、ヨン」
ヨンの様な力を持つ生物はキメラ技術が普及した今でも極めて珍しいもので驚愕に値する事だが、一先ずそれは置いておいて、先にお礼を言う事にした。
ヨンがどういう存在であれ、助けてくれた事に変わりは無い。
それに……目覚めたばかりのせいか、頭にもやが掛かった様にはっきりと思い出せないが、ただ生きているというだけで心底ホッとした気持ちになったからという理由もあった。
「それでね、お願いがあるんだけど……」
ヨンはぷるぷるもじもじしながら何か言い出そうとしていた。
「僕に出来る事ならなんでも言ってくれ、協力するよ」
ジャックは柔らかく微笑んでヨンを促した。
その際、体が痛んだので多少ぎこちなく作った笑顔が引きつった。
「私ね、お外に行ってみたいんだ!」