ドクと三人の助手5
「ご苦労だった。身体に欠損があるなら言え、クローニングしてやる」
三人の助手と暴走したキメラの激闘の後、研究室に戻ってきたツェッペリンの第一声がそれだった。
自分が好き好んで行う以外の無駄が大嫌いなツェッペリンは、よくこういうモノの言い方をする。
効率優先でにべの無い言い草の為、よく人に嫌われるがツェッペリンは態度を変えようとしない。
「問題はありません」とエナが答えると「そうか」とツェッペリンはそのまま部屋を出て行こうとする。
そこをペパーが呼び止めた。
「そういやドク、あの暴走キメラはどうなったんだ?」
「あぁ、それなら適当に地球のどっかに飛ばしたよ……貴重な素材を使った自信作だったんだがなぁ、何故かこういう時に限って事故が起こりやすい」
ツェッペリンはダルそうに白衣のポケットから携帯端末を取り出して弄ると、何かを確認してから再びポケットにしまった。
「そうだな……一応確認しておくか。この座標は新月街の辺りか?まぁ失敗作には丁度いいかもな……じゃあな、俺は部屋に戻って寝る」
ツェッペリンはそう言って今度こそ部屋を出て行った。
・・・
戦闘での傷と体内に侵入した毒の影響に加え、強引な強制転移のショックで暴走キメラは転移先で意識を失っていた。
しかし幸運な事に彼女が再び目を覚ました時、今度は暴走する事も無く自我も正常に覚醒した。
「……ここ、は……?」
キメラが目を開けると古い質素な木造の天井が目に入った。
次に身体を起してみると、自分が粗末な木製のベッドに寝かされていた事に気付く。
身体を動かした拍子に傷が痛んだので、反射的に傷口に目をやると真っ白い包帯が巻いてあった……どうやら誰かに助けられたらしい。
上体を起したまま部屋を見回してみる。
広さ6畳程の個室でベッドの脇に背の低いテーブルがあり、その上の花瓶には蕾の付いた何かの枝が挿してあった。
窓は直径一メートル位のものが一つ付いており、人一人位なら楽に通れそうだ……という事は、閉じ込められているという訳でもないらしい。
外を様子を確認しようとするが、どうやら外は暗い場所らしく、灯りも疎らでハッキリと見えないので諦めた。
覚醒直後で頭がまだハッキリしないので、キメラはしばらくそこでボーっとしていた。
キメラはこれからどうするか考えようとしたが、気が付けば自分が何者なのかすらわからない為、何かしようにも動きようが無い事を認識した。
(一体どうしたものか……それ以前に私は一体なんなんだ?)
そんな事を考えている内に足音が部屋に近づいてきた。
何も知らないキメラは警戒と緊張のないまぜになった視線をドアに目を向ける。
木製のドアを遠慮がちに開けて部屋に入ってきたのはキメラに比べると随分と華奢な女性だった。
兎耳に白い髪と白磁の様な綺麗な肌をしていて、それを隠すように黒い修道服を身に纏っていた。
そして兎特有の白目の無い真っ赤なガラス玉じみた目が何より特徴的だった。
兎の女性もまたキメラだった。
「あ、目が覚めたんですね?身体は大丈夫ですか?」
「ここは……すまない、何も覚えてなくて……何もわからないんだ」
「まあ、そうなんですか……」
兎の女性は素直に同情を示すと、話題を変えるように多少無理矢理に明るい口調で話し始めた。
「とりあえず私から自己紹介しますね!私はラヴィオラと申します、この孤児院を経営してる者です……貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」
ラヴィオラに問われて初めてキメラは空っぽの頭の中で自分の名前らしきものを探してみる事にした。
すると意外にも閃きの様にそれは見つかり、確かめる様に初めてその単語を口に出してみる。
「名前……スト、メア……?ああ、多分私は『ストメア』だ」
ストメアの自己紹介?にラヴィオラは喜んだ。
「よかった!名前は思い出せたんですね!」
「あー……多分、確証は無いんだが」
それからなんやかんや話をした二人だったが特に解決策も思いつかず、結局ストメアはラヴィオラの強い勧めもあり孤児院でお世話になる事になった。