ドクと三人の助手3
けたたましく警報が鳴り響く中、培養槽を破壊して現れたのは裸の成人女性だった。
培養液で濡れている金の長髪を垂らしながら上手く動かないらしい身体を引き摺る様に、ぎこちない足取りで、のっそりと培養槽から踏み出した。
ツェッペリンが言った通り暴走状態らしく、意識があるのか怪しい所で表情にも理性は感じられなず、半開きになった口から漏れるのは獣の呻き声の様な呼吸音だけ。
シュウシュウと加圧された蒸気が噴出する様な不規則な呼吸音と共に覚束ない足取りで歩きだす。
数歩歩いた所で暴走したキメラは突然耐え切れないといった風に頭を掻き毟り始めた。
「ガ……ガアアアアアア!」
なんの能力でも無い、何らかの苦痛による叫び声……しかし尋常ならざる肺活量の成せる業なのか、たったそれだけの事でビリビリと建物全体が振動していた。
暴走キメラが苦しみから逃れようとがむしゃらに腕を振り回すと、施設の機材や壁をいとも容易く吹き飛ばし、それだけで部屋が半壊した。
その様子を見たヴィラは獰猛な笑顔を浮かべた。
「ククッ!こいつぁ上物だねぇ……オオオオオオオッ!」
ヴィラは暴走キメラに負けないような雄叫びを上げながら、野太刀の様な長い軍刀を振りかぶって正面から暴走キメラに突っ込んでいった。
暴走キメラはヴィラの雄叫びに反応し、右手を持ち上げて斬撃を受け止める。
その時、何故か暴走キメラの右手は赤黒く変色しており、それはヴィラの刀を受けてガギンと重苦しい金属音を鳴らす。
恐らく何らかの特殊能力で腕を硬化させたのだとわかる。
鋼鉄程度ならば豆腐の様に両断してしまえるヴィラの斬撃を受けても、キメラにはボタボタと血を流す程度の浅い傷しか与える事が出来なかった。
床に落ちた血はすでに高温だった為か、すぐさま蒸発してしまい、乾いた血の染みだけを床に残した。
「かってぇ~~!流石ドクの特別製だぁ!」
何故か喜色満面のヴィラは、それならばとそのまま刀を押し込んで力比べに持ち込む……そのヴィラの背後、キメラから丁度死角になる位置からエナが飛び出し奇襲を仕掛ける。
「はああああああ!」
延髄を狙い澄まして放たれたエナの斬撃を暴走キメラはヴィラの身体ごと投げ飛ばした後、ハイキックをお見舞いして二人をまとめて蹴り飛ばした。
「殺ったぁぁ!」
蹴りで吹き飛ばされる二人の身体を遮蔽物に使って、更にその死角からペパーが暴走キメラの背後に回り込むと、キメラの首筋に両手に持った二本の小太刀の刃を当てて、そのまま掻き切った。
しかし急所にも関わらずペパーの斬撃もやはり血管を切断するに至らず、浅い傷を残すのみとなった。
「なぬあっ!?」
ペパーはそのまま反撃に強烈な頭突きを喰らって吹き飛んだ。
幾分かヴィラに庇われたおかげで一番ダメージの少なかったエナが最初に態勢を整えた。
「二人共!大丈夫!?」
次にエナの下敷きになっていたヴィラが起き上がる。
「あぁ!まだまだこれからよぉ!」
「ウボァー!痛てぇー!鼻血でたぁー!」
ペパーも元気そうに喚いていた。
「グ……ググ……グアォ!」
未だに苦しそうに呻き続ける暴走キメラは三人の居る方に焦点の定まらない目を向けると、恐るべき速度でエナに飛び掛って来た。
「速っ……!?」
決してエナも決して油断していた訳では無いのだが、それでも防御の為に身構えるのが精一杯だった。
速度の乗ったキメラのパンチをどうにか軍刀で防御したエナだったが暴走キメラは力も凄まじいもので、力ずくで無理矢理拳を振り抜いて、エナを隣の更に向こうの部屋まで吹っ飛ばした。
「ぐっ……ハァァァッ!」
エナは背中を強く打ちつけたせいで強制的に肺の空気を全て吐き出す事になった。
おまけに一瞬が飛んでおり、気付いた時には既に暴走キメラがエナの目の前まで迫っていた。
そんな状況でもエナは咄嗟の反撃に出た。
「シャッラァ!」
エナはすかさず剣を振り、半ばヤケクソ気味に逆袈裟の形で斜めに斬り上げる。
するとエナの剣はバラバラに分解し、ワイヤーで繋がれた刀身が鞭の様にしなってキメラへと襲い掛かった。
しかしその斬撃も暴走キメラの突進を止めるには至らず、まぶたの上を少し切る程度にしかならない。
「…………!」
キメラの拳がエナに叩きつけられようとした瞬間、横からヴィラが体当たりでキメラを吹っ飛ばした。
「あぶなかったねぇ……大丈夫かい?」
「えぇ……ありがとう、助かったわ」
二人の視線の先には立ち上がったキメラの姿が目に入った。
多少ダメージは与えたとは思われるが決定打を欠いている為、暴走キメラはまだまだ健在そうだったが……不意に暴走キメラがよろめいた。
「アア……アアア………!」
「何か……苦しんでる……?」
エナがキメラを怪訝な顔で見ていると、いつのまにか横に来ていたペパーが待ちわびたといった表情で叫んだ。
「やぁっと効いてきやがったか!」
「何がだい?」
「刃に毒塗ってたんだよ。あんま刃通らなかったから効果半減したみてーだけど、鯨とかコロコロ死ぬタイプの奴」
「なんだい、無粋だねえ」
「強い相手と戦いたいならよぉ、今度ドクに暴走してないヤツを造ってもらえばいいじゃん?」
「二人共、そういうのは後にして。今は協力してコイツをなんとかしましょう」
毒を喰らってもなおキメラはまだ戦えるようだ。
しかしキメラは流石に若干弱っている様子で、どうやら三人にも勝ちの目が見えてきた。
そこにツェッペリンが館内放送で呼びかけた。
「まだ生きてるかお前ら?生きてるならば聞け、お前達では奴を倒すのは不可能だ……しかし奴を別の場所へ転送する準備が出来た、なんとか奴の動きを止めろ」
勝手な用件だけを一方的に伝えて放送は切れた。
「……だってよ、簡単に言ってくれちゃってさ」
ツェッペリンの無茶振りを聞いてもヴィラは飄々としたものだった。
「野郎……このペパー様に鼻血を出させた落とし前を付けてやるぜ!」
ペパーは依然やる気に満ち満ちていた。
「三人で一斉に攻撃すればなんとか……二人共、いい?」
エナが覚悟を決めた顔で呼びかけると残る二人がそれに応えた。
「応ッ!」
「やあってやるぜ!」