欠けた幸せ
「……じゃあ行ってくるよ、パパが帰ってくるまで、ちゃーんと一人でお留守番してるんだぞ?」
ヘルメスは玄関まで見送りに来ているトロメアに声を掛けた。
「もう!私だってもう立派なオトナなんだから、お留守番くらいひとりでできるもん!」
トロメアは子ども扱いされたのが何だか無性に悔しくて、ついムキになってしまう。
「そうか……じゃあ、大人なトロメアにはご褒美のお土産なんて必要ないかな?」
ヘルメスはトロメアの如何にも子供っぽい反応が可愛くて、つい心にもない事を言ってしまう。
「うっ、それは……ほしい……かも……」
今度は何やら難しい顔でうんうん唸り始めた。
ヘルメスは優しげに微笑むと、ぽんぽんとトロメアの頭を撫でながら安心させる様に言う。
「はっはっは……冗談だよ。おみやげ、楽しみにしててくれ」
「うん……早く帰ってきてね?」
なんだかんだ言っても寂しいのが本心なのか、縋る様な弱々しい声でトロメアは言う。
ヘルメスは娘を安心させる様に力強く頷いた。
「ああ……パパが約束を破った事なんてないだろ?」
そう言ってヘルメスが開けたドアの先を見て、トロメアはぎょっとした。
ドアの開けた先がいつもの森ではなく、なんにも無い真っ暗闇だったのだ。
だというのにヘルメスは平然とその闇の中に入っていく。
何かがおかしいと感じたトロメアは、声を張り上げて必死にヘルメスを引き留めようとする。
「パパ!そっちに行っちゃダメ!」
トロメアの声が聞こえてないのか、ヘルメスは振り向きもせず、足を止める事なく闇の中を進んでいく。
追いかけようとしても見えない壁に阻まれてトロメアだけがドアから外に出ることは出来ない。
必死の呼びかけも虚しく、ヘルメスの姿は闇に飲まれて消えてしまう…………という所で、トロメアは目を覚ました。
「おとうさん!」
自分の声と同時に覚醒すると、そこには父親のヘルメスも、それを飲み込んだ闇も無く、ただいつもの寝室の天井があるだけだった。
最近は一人暮らしにも慣れてきたと思っていたけど、今でもたまに父が居なくなった日の夢を見る事がある。
「はぁ……」
あの日、用事があると出かけて行ったきり、ヘルメスは帰って来ていない。
ヘルメスが何処に何をしにいったのか?生きているのか死んでいるのか?
それすらもトロメアにはわからないまま、五年の月日が流れた。
トロメアは知り合いと呼べるヒトがヘルメス以外におらず、一人で森の外までヘルメスを探しに行くという行為はトロメアにとって超え難い壁となっていた。
それに『待っていればいつかヘルメスが帰って来るかも知れない』という淡い希望も、トロメアに待ち続けるという選択をさせる要因になった。
以前は寂しくて夜一人で泣いたりしたものだったが、今は一人で暮らしていく事にもなんとか慣れた。
五年前は小学生位だった身長も今では高校生位まで伸びた。※キメラは人間に比べて成長が早い
体付きだけをを見ればトロメアは既に大人の女性とほぼ遜色ない。
(パパの夢、久しぶりだったな……早く帰ってよ……)
トロメアが自身の目元を手で触れると案の定、涙で濡れていた。
顔を洗ってスッキリしたくて、怠さの残る体を起こして、のっそりとベッドから立ち上がると洗面所へと向かう。