四つの贈り物
世に天才と謳われた二人の科学者、生命の錬金術師ヘルメス・タリスマン博士と空間の魔術師グラーフ・フェルディナント・ツェッペリン。
この二人が世界にもたらした三つの技術は掛け値無しに世界を一変させた技術的特異点だった。
一度世界が滅びた大厄災、償いの日を超えた今にして思えば、二人の天才の出現こそがキメラ兵を使った第三次世界大戦、そして人類文明滅亡の鶏声であったのだが、当時の人類は天才の生み出した最先端の技術をこぞって欲しがり、獲得競争に躍起になった。
それは当然の事で、つまり新技術の獲得に一歩遅れれば、一歩進んだ競争相手が強大になり、そして敵に抗う力を持たない者は蹂躙される……という風に世界中の皆が思い込んでいたものだから、新技術の獲得競争は誰も止められない程に暴走していくことになる。
ネットで世界中の人々が繋がってしまった弊害として、地球上に生きる人全員が、お互いに競争相手にさせられてしまった。
端的に言えばどうしようもない『人の性』だろう。
一つ目の贈り物はヘルメス・タリスマン博士が作り出して発展させた再生医療技術。
通称『キメラ医療』と呼ばれるそれは人間の万能細胞に他の動物の因子を取り入れ、さらに発展強化させた獣性細胞を造り出し、それを人体に投与する事で人類をあらゆる身体的な悩みから解放するというものだ。
体の一部が変形し動物の耳や尻尾が生えたり体毛の色が変化する等の副作用もあったが、先天性後天性問わずそれまで人類を悩ませていたあらゆる病は駆逐され、しかも痴呆をはじめとした老化にも効果が有り、なおかつ容姿の美醜までも操作ことが可能だった。
この功績によってヘルメス博士は『生命の錬金術師』という異名で称えられた。
二つ目の贈り物はグラーフ・F・ツェッペリン博士が開発した空間制御システム、通称『サバイバー』
これは所有者に飛来する弾丸や爆発といった危険を指向性を変化させて回避するシステムで、所有者は生身でも核爆弾の爆心地で無傷のまま生存可能になり、放射線による被爆すらしなかったという。
サバイバーは世界からあらゆる銃や爆弾を根絶させ、グラーフ博士はこの功績により『空間の魔術師』の異名で称えられた。
三つ目の技術は二人の博士が共同で開発した亜空間収納デバイス、通称『キャスター』
これは物体を亜空間へと収納し持ち運べるという技術である。
デバイスの大きさは非常にコンパクトで、大体装飾品程度の大きさに収まるのでアクセサリーにして身に付けたりするのが主流となった。
キャスターは生物以外なら何でも仕舞っておける為、人々の生活の利便性を飛躍的に向上させた。
人々の為にと生み出された三つの技術は、皮肉な事にそのまま第三次世界大戦の中核を担う技術となった。
キメラ医療は超人的な兵士を文字通り工場から生産する技術として使われ、サバイバーは兵士を敵の攻撃から守るバリアの役割を果たした。
世界中から銃は根絶されたが、兵隊達は古代の戦争の様に剣を取って戦いあった。
キャスターは兵隊が運べる物資の量を飛躍的に増やし兵站に革命を起こした。
一連の出来事は二人の天才を大きく失望させた。
それでも二人は自分達の発明に責任を感じて、一刻も早く戦争を終わらせようと尽力したが、その中で決定的な出来事が起こってしまう。
ヘルメス博士の妻が敵国のキメラ兵に殺されたのだ。
後に敵国が出した声明によると『ヘルメス博士は悪魔であり戦争犯罪者であるからして、この襲撃は言わば天誅、聖戦』だというものだった。
妻を失い、絶望するヘルメス博士の元へ『戦争終結の為の最終兵器』開発の仕事が舞い込む。
ヘルメス博士はこの計画を利用して戦争を終わらせようと画策し、学生時代からの親友であり、ライバルでもあったグラーフ博士に協力を仰ぐ。
最終兵器には人間の罪を燃やし清める煉獄『ゲヘナ』の名前が与えられる事になり、そしてゲヘナによる滅びこそが二人の博士からの人類への四つ目の贈り物となった。