世界が滅んだ次の日
結局の所、究極の生物兵器ゲヘナが暴走した『償いの日』に具体的に何が起こって世界が滅んだのか把握できている者は当のゲヘナ達の他には居ない。
ゲヘナを造り出した二人の博士ですら『ゲヘナを暴走させて世界を滅ぼした』という認識しか持っていない。
それは何故かというと『ゲヘナという存在は、ありとあらゆる方法で世界を滅ぼす事ができるから』というのが理由になる。
物理的に破壊してもいいし、全人類を洗脳して無人になるまで殺し合わせてもいい。
時間を逆行させて人類誕生以前の地球に戻すことも出来るし、なんなら地球が存在したという事実そのものに干渉して書き換えを行い『地球は存在しなかった』とかでもいい。
ゲヘナという存在は先に述べたどの方法でも……なんなら一つや二つと言わずに全部同時に進行できる程の力を有している。
万能過ぎる力を有しているが故に一体どの様なプロセスを辿って人間世界が滅んだのか正しく知る者は一人として居ないという訳だ。
しかしそれでも生き残ったヒト達の間では『ゲヘナが世界を滅ぼした』というのが一般に広く受け入れられている。
なぜなら『償いの日』を境に世界は大きく変わったからだ。
先ず、それまで戦争をしていた勢力が全て綺麗サッパリと消失してしまった。
構成員が全員死亡して組織が壊滅したのではなく、償いの日を境に煙の様に霧散したのだ。
実は消えた組織の構成員は結構生き残っているのだが、そのほとんどが過去に自分が属していた派閥の再結成よりも新しい共同体の形成を優先していて、以前に所属していた組織の事はあまり思い出せなくなっているというヒトが多い。
地球の環境も大きく変化し、過去の世界地図は役に立たなくなってしまった。
南北アメリカ大陸もユーラシア大陸もアフリカ大陸も南極もオーストラリアも、陸地は全て地球の中心に纏められて一つの巨大な大陸となった。
人類の歴史が始まる前の大昔、今と同じように地球上の大陸が一つだった頃が存在したという。
学者達にパンゲア大陸と名付けられた古代の大陸の名前を借りて、新しく出来た巨大な大陸は自然と『ネオパンゲア大陸』と呼ばれる様になっていった。
現在も方々で地質学者達が一生懸命に調査を進めてはいるが、精々『ここら辺はかつてどこどこの地域の地層だった』と判る位で、それがなぜそこにあるのかという過程は全く判らないままだ。
動植物の生態系、気候もそれまでは世界中のどこにも存在していなかった新種のものが世界中に溢れ、戦争時に生物兵器として人工的に造られた『モッド』と呼ばれる改造動物達が野生化したもの達も多く見られるようになった。
モッド達はその生い立ちから人間、キメラ、人工物に対して強い嫌悪感を感じて凶暴性が増す様に設計されており(一部例外あり)ヒトは以前の様に世界を弄れなくなった。
生き残った人類、キメラ化した元人類、キメラとして生まれた人型の者達はまとめて『ヒト』と呼ばれるようになり、世界が滅びるまで続いた戦争の果てにようやく人類の概念が新しく更新され、やっと『新人類』としてスタートを切ったともいえる。
当然、変わり果てたセカイを前にヒトビトは大混乱に陥った訳だが、その一方で一部のヒトにとって世界の大変革は福音となった。
福音の恩恵を強く受けたのは冒険心溢れるヒト達だ。
そういうヒト達にとって新しく目の前に広がるセカイは、さぞ光り輝いて見えた事だろう。
何処を見ても未知のものばかり、言い換えればチャンスがそこらじゅうに転がっているのだから。
それは解析が進んだ嘗ての世界で人類が失ってしまったロマンだった。