エピローグ4 明日の夢
気が付けば見覚えのあるスクランブル交差点の真ん中に私は居た。
いつもの様にいつの間にか、交差点の真ん中にある椅子に自然と腰掛けている。
対面には顔面に大きな穴が開いている、不気味な黒いドレスを身に纏った何かがこちらを向いて座っている。
まあ、黒いドレスの何かの顔面は大きな穴が開いているせいで、表情はおろかこちらが見えているのかさえ定かではないのだが、それも含めて不思議と自分の置かれている状況に対して疑問は湧かなかった。
今まで何回も見た、いつもの悪夢だ。、
『お前には何も無い』
テーブルを挟んだ対面の何かから誰かの声が聞こえる。
顔に穴が開いていた何かは、いつの間にか顔の無い私自身になっていて、夜中に部屋に這入って来る隙間風の様な不気味さで同じ事を繰り返して言う。
機械音声という訳でもないのに、まるで感情というものが欠落した虚ろな声は、どういった意図でそんな言葉を私に向かって言い続けているのか理解出来ない。
私を責めている様にも、何かを訴えかけている様にも、悲しんでいる様にも、如何様にもとれる様に感じる。
今回の夢でも相変わらず、顔の無い私の気持ちは『私』にはわからないままだ。
「……」
私は無言のまま、いつのまにか手に持っていたティーカップの中の紅茶を一口啜ってみたが、やっぱりというか……味も香りもしなかった。
いつの間にかテーブルの周囲には顔に穴が開いたギャラリー達に取り囲まれていて、皆同じ事を言い続けていた。
『お前には何も無い』
いつもは囲まれてそう言われ続けるのが嫌で嫌で堪らなくなって、最後に私が取り乱してこの夢は終わる……でも今日は何か違った。
彼等の言葉を否定する必要が無いと感じるのだ。
私はティーカップをゆっくりと、静かにテーブルの上のソーサーに戻してから言った。
「……そうね、貴方達の言う通り。確かに私には何もないわ」
プリデール(私)はゆっくりと椅子から立ち上がった。
すると周囲のギャラリー達のざわめきの様な声がピタリと止んだ。
「だから私が何者なのか……これからそれを探しに行くわ」
私がテーブルに背を向けて歩き始めると、テーブルの対面に座っていた黒いドレスの何かと、私を取り囲んでいたギャラリーは、まるで最初からそこに存在してなかったかの様に音も無く消え去った。
私が歩き続ける内に周囲が徐々に眩い光に包まれていき、やがて視界の全てが白に染まって何も見えなくなった。
・・・
ピピピピピピピピ……!!!
携帯端末に設定しておいた、目覚ましアラームの音がする。
私は手を伸ばしてそれを止めた。
「朝……」
なんだか夢を見ていた様な気がするけど、よく覚えていない。
夢を見た日はいつも目覚めが最悪なのだけれど、不思議と今日は気分が悪いという訳ではなかった。
今日は仕事も休みだし、なんだか頭もボーっとするしで、もう一度寝ようかと考えた所でマンションの廊下を歩いて来る、聞き慣れた足音に気が付く。
(……なんか嫌な予感がするわ)
程なくして私の部屋のインターホンが鳴った。
私は布団を被り居留守を使う事に決めたけど……まぁ、多分無駄なんだろうなとは薄々思っていた。
するともう一度インターホンが鳴り、返事がないと見ると今度は携帯電話が鳴った、しつこい。
耳ざとい事に私の携帯電話が鳴った音を来訪者に聞かれたらしく、私の在宅を確信した訪問者はピッキングで無理矢理ドアを開けようとしてくる。
こういう時の為に、ついこのあいだ鍵を新調したばかりだというのに、訪問者相手にはどうやら無駄らしい。
(流石は『何でも屋』……といった所なのかしら?)
でもこれじゃ何でも屋というよりコソ泥だ。
新調した鍵の抵抗も空しく、五分もしない内に鍵が開けられてしまった。
「おはよーございまーす、起きてるかプリデール?」
「おはようございます……」
勝手に部屋に入ってきたのは何でも屋のスゥ。
私がお店を出してるビルのオーナーでもある。
「朝っぱらから申し訳ないんだが、どうしてもお前に手伝って欲しい緊急の仕事があって……」
「どうでもいいけど、ヒトの家に勝手に入ってくるの辞めてちょうだい」
「いやもうそれは本当にすまん!今回の仕事、報酬に釣られて請けたはいいが、アタシ一人じゃちょっとキツくてなぁ……報酬も多めに渡すから、このとーり!」
スゥは仏に拝むように手を合わせて頭を下げている。
私が新月街に住むようになってから度々スゥの無茶に付き合わされたりしたけれど、どこか憎めなくて結局押し切られる事が多い。
前に命を救われた恩も引きずって断りにくいというのもある。
「……はぁ、わかったわよ。準備するまで待って」
「そう言ってくれると思ったぜ、相棒」
「またそうやって調子の良い事を……」
「あ、そうだ。朝まだだよな?パン買って来たから食おーぜ」
「顔洗って来るから、お茶淹れておいて」
「へーい」
洗面所の鏡の前に立つと元々のクセっ毛が寝起きで凄い事になっている、まだ眠そうな自分の顔がある。
ついでに寝ていた所をスゥに叩き起こされた所為で若干機嫌が悪そうだ。
(今日も忙しくなりそうだわ……)