エピローグ2 七翁院会議
海運都市ルルイエにある商工会議所の中央議事堂には特に重要な会議にだけ使用される場所がある。
通称カダスと呼ばれるその部屋は、商工会役員達ですら普段は自由に立ち入る事が出来ない特別な場所で、ある種神聖視されていると言っても過言では無い。
現在そのカダスの中では、戦後主要七都市の代表者が一堂に会していた。
今日は『七翁院会議』という七大都市の代表者達が行う定例会議の日だ。
毎回議長はホストとなる都市の代表が勤める事が通例となっており、議長権を七都市で持ちまわる事によって都市間の対等性を表しているのだ。
「それでは今回はこのあたりで……」
今回の議長であるルルイエ代表、商工会議長ダゴン・C・ベルクラインがそう言いかけると筋骨隆々の年老いた女性が手を挙げた。
「最後にいいかい?」
挙手したのは傭兵都市グラングレイの代表でPMCボーダレス・ナイトの元帥、レダ・ドラゴンブラッドだった。
旧アフリカ系の顔立ちに力強い眼光、女性でありながら身長は悠に2メートルを超える巨体は七都市の代表者の中で一番大きく、雰囲気も相まって強力な威圧感を放っている。
普通のヒトなら萎縮してしまって、まともに会話する事すら困難になってしまうような存在感だが、他の都市代表が特に緊張している様子は無く、皆適当にリラックスしていた。
「ええどうぞ、構いませんぞ」
「先日、我がグラングレイがテロリストの襲撃を受けた……そこで犯人と思しきこの二名を七翁院として指名手配したい」
七翁院としての指名手配とは、つまり七大都市の連名で指名手配を行うという意味であり、それは現在のセカイに於ける最大勢力である七大都市が個人に対して宣戦布告を行うのとほぼ同義だ。
レダが手元の端末を弄ると、スゥとプリデールの顔写真がデカデカと会議場のモニターに映し出された。
二人の顔写真を見た各都市代表の反応は様々だった。
「襲撃ですか……一体どれくらいの被害が出たんですか?」
学園都市ジュラルバームの代表クロード・ジュラルバームの反応は普通だった。
彼の普通っぷりは凄まじく、なんか各都市を捜せばその辺に居そうな事務職のサラリーマンにしか見えない。
「ほっほっほ……」
金融都市ビッグスカボロウ代表のハッピィ・ゴールドマンは相変わらず考えの読めない顔で日の丸入りの扇子をヒラヒラさせて笑っていた。
背後には勿論メイドのレッチェが控えている。
「…………」
芸術都市ケテル代表、若干十二歳の幼き教皇ティファレト・タイタニアは神秘的な雰囲気を湛えたまま無言で俯いている。
その背後には大柄で獅子頭の大司教ジェローム・バーゲンルールが控えていた。
この時、何かに気付いた司教が突然ズカズカと教皇へ歩み寄った。
「睨下?」
司教が教皇の手元を覗き込むと携帯ゲームの画面がピコピコと忙しなく動いていた。
「……会議が終わるまで没収です」
ジェロームがゲーム機をむんずと取り上げて、自分の法衣の中に仕舞いこんだ。
「あぁぁぁぁ~!今いいところだったのに~!」
「今は会議中でしょう?話をちゃんと聞いて下さい」
「……だいじょうぶ、きいてたきいてた」
「ハァ……」
反省の色も無く適当な事を言ってる教皇を無視して、代わりに大司教が発言した。
「その件に関しては私の方で手配しておきます故、どうかご安心を……」
科学都市ノア代表、ピジョン統括長マナグは顎に手をあてて何か考えていた。
「あぁ、思い出しました……この二人、ウチのピジョンでも目撃されてますねぇ」
「そりゃ本当かい!?」
レダが聞きかえすと、マナグはフクロウの様に首をぐるんと回してレダの方向を向いた。
その顔はオペラマスクで隠れており口元でしか表情を推測出来ないマナグは、なんだか得体の知れない不気味さがある。
「ええ、逃亡した実験体を捕獲する為に部隊を出したんですが……それがこの二人に全滅させられたみたいで……確か、一月程前の事でしたかね?」
「あったあった、ありましたぞ!」
そこにダゴンが割って入った。
「こっちの人相の悪い方、ウチでも一悶着起しているみたいですな」
ダゴンも先程のレダと同じ様に手元の端末を弄ると、スゥとメゾーレの決闘に関する記事が映し出された。
「ああ、申し訳ありません。その節は娘がご迷惑を……」
「いえいえ!子供は元気が一番ですぞ!はっはっは!」
申し訳なさそうにするクロードに対して、ダゴンは気にした様子も無く笑っていた。
メゾーレの独断専行とはいえ七大都市ジュラルバームの私兵であるロイヤルナイトを同じ七大都市であるルルイエの首都内部に侵入させたというのに、なぜかダゴンは大して気にしてない様だ。
普通なら安全保障の大問題に発展してもおかしくないが……おそらくそれはクロードの手腕によるものだろう。
クロード・ジュラルバームは根回しが病的に上手い。
学園都市ジュラルバームは燦然たるカリスマと残虐性を持つ君主マリィ・ジュラルバームを当主としているが、後にマリィの婿としてジュラルバームを名乗るようになったクロードもまた、とても一筋縄では行かない曲者だ。
マリィのカリスマとクロードの暗躍が良い塩梅のバランスとなり、学園都市は回っているのだ。
最後にレダは新月街代表のマフィア黄龍會の首領、ビル・バングレットを見た。
「私の調べでは、このスゥとかいう小娘は新月街に住んでるそうじゃないか?」
「……あぁ?なんだ?身柄を引き渡せってか?」
ビルは葉巻をふかしていて、全く動じた様子は無い。
「そんな事をしてやる理由はねぇな……めんどくせぇ」
「これは主要七都市全体の治安に関わる事なんだよ、面倒臭いで済ませないでもらいたいね!」
如何にも公共の利益に反してるという建前を使って圧を強めるレダをよそに、ビルは煙を吐きながらマイペースに話し始めた。
「まあ、落ち着けよ……新月街の代表として動く前に、どうも腑に落ちねえ点がある。普通テロリストが派手な花火を打ち上げる時には大義名分を声高に叫ぶもんだが、今回はそれが無ぇ……コイツ等はなんでグラングレイに核なんて使ったんだ?ご丁寧にハッカーを使ってアンチサバイバーを起動させるなんて回りくどい真似までしてよ?」
「……それは現在調査中だよ」
レダの返答は最初から期待してない様子でビルは続けた。
「そういえば最近七都市で何者かによる暗殺が頻発してたな、もしかしたらそれもコイツ等の仕業かも知れねえなあ?……だがそうだとしても、だ。グラングレイにだけは暗殺では無く核兵器を使った訳だな?」
「……それも調査中だよ」
それきりレダは大人しくなった。
ビルの態度が明らかに何か握っているのを悟ったからだ。
これ以上藪を突くような真似をすれば、七翁院でのグラングレイの地位が揺らぎかねないと判断したのだ。
様子を見ていたダゴンがまとめに入った。
「まぁテロリストに関してはまだ不明な点も多いという事で、今は各街毎に調査警戒を強める程度にしておきましょうか。グラングレイの懸念も尤もですが、我々が余り大きく動きすぎると住民達にいらぬ不安を与えてしまいますからなぁ」
こうして七翁院会議は幕をと閉じた。
大して何も決まらない定例会議だったが、そもそも会議は『面子を一か所に集める』という事が目的の半分以上を占めている場合もある。
だからこそ会議は踊り、されど進まないのだ。