かたつむりの観光客56
鎖の猛攻を掻い潜り、特殊能力で自身の運動能力を強化したプリデールがロウディカへと接近しようと試みる。
しかしプリデールの能力を使っても一息でゼロ距離まで接近する事は出来ず、一旦近くのヌリカベの影へと身を隠す。
それをカバーする様にナイトルーラーの兵器群が牽制攻撃を仕掛けてはロウディカの攻撃で薙ぎ払われている。
(さっきより明らかに動きが悪くなっている……)
ロウディカは既に意識がハッキリしているか怪しい状態であり、先程までは爛爛と狂気的な赤い光を放っていた両目も今は濁っていてどこを見ているのかよく分からない状態だ。
息も上がってきているし、おまけに食いしばっている口元からは血の泡を吹き始めていた。
グラングレイの街中で戦っていた時、ロウディカの豹変ぶりから何らかの薬物を使っているだろうという事はプリデールもなんとなく察していた。
今のロウディカは薬物の効果がきれかかっており、強力な効果の代償だとばかりに今度は強烈な副作用がロウディカの身体を苛みは始めているのだ。
(何故そうまでして戦おうとするのかしら……?)
相変わらずプリデールはロウディカの戦う理由を理解出来ていないままだった。
ロウディカは確か『昔お前に殺された隊員の仇だ』と言っていた……様な気がするが、それをプリデールに理解しろというのは酷な話だ。
試験管生まれで身寄りが無く、大切に想うヒトとの絆が無い。
なまじ下手に能力が高く生まれ付いてしまったものだから、人生の全てが一人で完結してしまっていた。
そんなヒトに失われた絆の痛みがどうのこうの言った処で理解出来ないだろう。
世に溢れる創作物の中で様々な感情に触れる事が出来るが、実体験を伴わない他人の感情にはどこまで行っても『そういうものなのか』程度の感想しか湧いてこない。
(とにかく、今は先ずあの鎖をどうにかしないと)
薬の効果がきれかかっていて副作用が出始めてるというのにロウディカの鎖は未だに衰えを見せていない。
スゥのナイトルーラーが呼び出したロボット達の攻撃を鎖で防ぎ、かと思えば鎖の先端の鎌を振り回して薙ぎ払ってロボット達を破壊する。
「殺してやるぞ……インビジブル……」
足取りは重く、うわ言を繰り返しながら、それでもロウディカは攻撃を止めようとしない。
片腕を失った今のプリデールでは正面からロウディカに近づく事が出来そうにないので、スゥの設置したトーチカの影に隠れながら少しづつ接近するという、プリデールにしては珍しく地味な戦い方を強いられていた。
そしてようやく今、一息で接近出来る距離まで詰める事が出来た。
あとはロウディカが身体の何処かに装備しているであろう鎖の制御装置を破壊するだけだ。
(手足にはそれらしいものはない……制御装置があるとすれば胴体の何処かな筈)
ヒトの心理的に何か大事な物を携行するとすれば、それは『手で触れられる位置』で『心臓に近い部分』だろうと予想出来る……が、まだ確証はない。
プリデールは確証を得る為、生まれて初めて出来た『仲間』を頼る事にした。
通信機の向こうのスゥに声を掛ける。
「スゥ、なんとか彼女に上向きに攻撃をさせれないかしら?」
「了解だ……ただ、そう何度も出来るモンじゃねえぞ?」
「わかってる」
通信の後すぐにスゥの飛行ドローンの数があからさまに増えた。
ドローン達は爆弾を搭載しており、次々と地上のロウディカ目掛けて爆弾を投下した。
しかし爆発は届かず、地上から伸びてきた鎖を飛行ドローン達は躱す事が出来ずに次々と撃墜されていく。
ロウディカが飛行ドローンを攻撃した時、翻ったマントの下から一瞬だけ見えたそれをプリデールは見逃さなかった。
心臓に近い位置に複数のベルトで、まるで肌に直接縫い付けてある様な形で拳大の大きさのクリスタルの様なものを見つけた。
(見つけた……おそらくあれが鎖の制御装置!!)
プリデールはロウディカがドローンを攻撃した瞬間を狙って残った力を振り絞り、稲妻の様な超高速軌道で肉迫すると、そのままロウディカの胸をナイフで貫いた。