かたつむりの観光客55
スゥが『切り札』起動されてからまず最初に現れたのは後頭部を丸ごと覆う、変な形のヘッドセットだった。
形だけを見ると頭頂部が無いヘルメットと呼べなくもない様な妙な形状で、ヘッドセットとしてもヘルメットとしても違和感のある形だ。
パッと見何の道具なのか全くわからずプリデール問いかける。
「……ナニソレ?」
「まあそう慌てんなよ……コイツは『統制機構ヌラリヒョン・00』これから呼び出す百鬼夜行達を操る補助機能付きのコントローラーって所だな」
プリデールが何か言う前に虚空から、スゥ曰く百鬼夜行の軍勢が次々と姿を現わし始めていた。
最初に現れたのは五本足に砲台を乗せた小型多脚戦車『テノメ・88』鳥型の小型戦闘ドローン『イツマデン・12』人間の小学生位の大きさの小型ロボ『セウケラ・53』呼び出されたセウケラ達が忙しなく動き回って次々設置しているのは携帯用戦術トーチカ『ヌリカベ・11』戦場を見下ろせる空中に静止して待機状態にあるレンズの様な機械は『ウンガイキョウ・50』これらが大量かつ一斉に周囲の空間から湧いて出てくる。
それは部隊の展開なんて生易しいレベルでは無く、陣地の形成や軍隊の布陣と言った方がしっくりくるだろう。
スゥの秘密兵器ナイトルーラーは布陣をどこでもリアルタイムで行える。
戦争を生き延びたプリデールですら、この展開力には舌を巻いた。
「凄いわね……こんなの戦争の時も見た事なかったわ」
第三次世界大戦の頃はハッキング等により敵に制御を奪われるリスクがあるという事で、戦いに於ける機械やロボットの地位は高くなかった。
それよりも単純にキメラ兵を大量生産する方が安価でロボットよりも強かったのだ。
「お褒めに与り光栄だが……これだけじゃ奴さんは仕留めきれねぇ、頼むぜ、プリデール」
「なんとかしてみるわ、サポートはお願いね、スゥ」
襲い来るロウディカの鎖鎌『コルテオ』の鎖の嵐を掻い潜り、二人はそれぞれの役割を果たすべく動き出した。
この間にもテノメとイツマデンが牽制射撃を行っているものの、既に大分数が破壊撃墜されており、ヌリカベの設置も間に合っていない状態だ。
ロウディカも例に漏れずサバイバーを所持している為、通常なら銃弾は一切彼女に届く事は無い。
しかしナイトルーラーには戦時中の頂点を極めていた人類の科学技術を以てしても小型化する事が叶わなかった装置を『小型化しないまま内臓している』為、サバイバーは無効化されて、銃弾が敵に命中する様になっている。
ナイトルーラー(百鬼夜行)とはつまり言ってしまうと『極大容量のキャスター』なのだ。
その中にあらゆる状況を想定した兵器群を思いつく限り詰め込んでおけば、どんな状況にも対応できるという訳だ。
スラム暮らしの取るに足らない貧乏人だったスゥは、このナイトルーラーをある男から盗み出す事に成功した。
まるで星をつかみ取った様な幸運だったと、今でもスゥは思っている。
そして今、その幸運は鎖の嵐に巻き込まれて次々と破壊されていっており、どんどん残量が削れていってしまっている。
ナイトルーラーを手に入れたスゥは確かに幸運だったが……その『強み』は普段からマメに兵器を増産したりメンテナンスを欠かさなかったスゥの『貯金』の賜物なのだ。
(これだから使いたくなかったんだよなぁ……被害額が一体おいくら万ゴールドになっちまうのか、想像すらしたくねえ……マジで早めに頼むぞプリデール)
・・・
一方その頃、前線のプリデールは設置されたヌリカベの影に身を隠して、ロウディカの猛攻を凌いでいた。
片腕が無くなった事による弊害は思った以上に大きく、文字通り攻撃する手が一本減った事よりも片腕が無い事で体のバランス感覚が若干狂ってしまって、それがプリデールの戦闘力を大幅に弱体化していた。
プリデールの強みというのはつまり『自分が相手よりも早く動ける事のアドバンテージ』が多くを占める為、それが十分に発揮できない今の状態はかなり辛い状況だ。
そんな時、通信機の向こうからスゥの声が聞こえる。
『悪ぃが、これほど一気にナイトルーラー(百鬼夜行)を展開した経験が無くてな……あたしゃ戦線の維持と部隊の制御で手一杯だ、攻撃はアンタに任せるぜ』
『やるだけやってみるわ……防御に手が回らない部分があるから、そこのサポートはお願いね』
ふぅ、と息を吐いて集中すると、プリデールは一気にヌリカベの影から飛び出して走り出す。
飛び出したプリデールの姿を見つけると、ロウディカが早速鎖を放って攻撃してくる。
ロウディカの鎖を数体のイツマデンが特攻して妨害し、反対側からテノメが一斉に射撃を行って牽制する。
その隙を狙ってセウケラ達が新しくヌリカベを設置する。
プリデールはすかさず新しく設置されたヌリカベの影まで移動して、攻撃を凌ぐ。
しかしヌリカベもロウディカの鎖の打擲に数発程度しか耐えられず吹き飛ばされてしまう。
「さっき使った薬の効果も薄れてきている筈なのに……これが執念というものなのかしら?」
徐々に距離を詰めるプリデールは、遂にロウディカを攻撃できる距離まで近づく事が出来た。
今盾にしているヌリカベもじきに吹き飛ばされるだろうし、おそらくチャンスはこの一度きりしか無いだろう。
プリデールはいつもは光学迷彩として使っている自身の発電能力を高出力で身に纏い、身体能力と攻撃力の強化に充てた。
プリデールの発電能力に共鳴する様に彼女のナイフ、ブラックロータスが朧げな燐光を放ち始める。