かたつむりの観光客53
爆発で有耶無耶になった戦場から吹き飛ばされたプリデールは切断された左腕の傷を手で押さえながらグラングレイの街を走っていた。
左腕が無い事で普段よりもバランスが取りにくい為、転びそうになる度に体勢を立て直しながら息を切らせながら、なんとか走り続ける。
そこにいつものプリデールに見られる無駄の無い立ち振る舞いや余裕といったものは無く、酷く辛そうに表情を歪めていた。
(さっきまで死にたいなんて思っていた筈なのに……スゥの声を聞いた時、気付いたら足が動いていた……なぜかしら?)
あの時、自分が本当に生きたいと感じたのか、正直それはまだよくわからないし、逃げた先にスゥが居たとして、自分が彼女に何を伝えたいのかすら考え付いていない。
感謝?悪態?喜び?怒り?もしかしたら全部?それとももっと別の言葉?
(とにかく何か……一言でいい、あの子に会ったら何か一言だけ言ってやりたい)
その一心でプリデールは崩壊した建物の群れを越え、街道を抜けて街を出て、平原を進み、ひたすらに狼煙を目指した。
そして遂にスゥの背中を見つける。
奇妙なワクワクを感じながら『何と言ってやろうか』と考えるプリデール。
しかし、スゥはプリデールに気付いている筈なのにモゾモゾと狼煙……というか焚き火に向かって何かしていた。
「何これ?狼煙というより焚き火じゃない」
プリデールの第一声はツッコミだった。
背中を向けたままスゥが答えたのを聞いてプリデールはなんだか嬉しくなった。
しかしそれを表情に出すのはなんか面白くないので、あえて礼も言わずに鉄面皮を貫く。
「こんなもん目印になれば別になんでもいいだろ」
スゥはプリデールの態度を気にした様子も無く、相変わらず棒で焚き火を突いていた。
そしておもむろに焚き火の中から銀色の塊を取り出した。
「アンタがあんまりにも遅せえモンだから、ついでにイモ焼いてたんだよ……ホレ、食うか?」
「……何か他にもっと言いたい事があった様な気がしたのだけど……もういいわ」
「そうかい」
プリデールはスゥからイモを受け取ろうとして、自身の左腕が無い事を思い出した。
「あ……とりあえず病院で新しい腕、造らないと」
「アンタ程の強さがあっても腕もげるなんて事あんのか……まぁ逆に考えればボーダレスナイトを敵に回してそんだけで済んだってんなら、運が良かったのかもな……仕方ねえな、特別だぜ?私が食いやすいように剥いてやろうじゃないかプリデール君?」
「そういうのいいから」
「……わーったよ、ほら、あーん」
「あーん」
スゥは焼きたての芋を半分に割り、それから更に一口サイズに千切ってから適当に冷ましてからプリデールの口に入れてあげた。
プリデールは熱々の芋に少々手こずりながらも、ゆっくりと咀嚼して味わう。
「むぐむぐ……あら、意外とおいしいわねコレ」
「そうだろ?いいイモなんだよ…………ところでお客さんみたいだぜ?」
突然スゥがキャスターを起動させて拳銃を両手に取り出すして、そのまま連続で発砲した。
銃弾はプリデールの背後に忍び寄っていたロウディカ目掛けて飛んで行くが、あっさりと鎖鎌で弾かれた。
「逃がさん……」
ロウディカもまたかなり消耗しているらしく、意識があるのかすら怪しい状態だった。
しかし消えかけの赤い双眸から、薬の効果を超えた気迫や執念を感じる。
手負いの獣は恐ろしいという言葉があるが、今のロウディカはまさにそれだろう。
薬の効果で体がボロボロになっていたとしても、とても油断出来る相手では無い。
それを肌で感じたからか、スゥは油断なくロウディカに照準を合わせる。
「…………アンタ、モテモテだなあ。やれるか?」
「一人じゃ無理ね……援護、よろしくね」
「あいよ」