かたつむりの観光客52
街から離れた、周囲に特に目ぼしい物も無い野っ原で一人、スゥがパチパチと音を立てている焚火の炎を眺めながら電話をしていた。
電話の向こうはスナック『ピンクジャム』の店員、副業でスーパーハッカーもやってて、スゥの妹分でもあるライム・マーコットだ。
「あちらさんが疑心暗鬼になって勝手にアンチサバイバーを起動してくれたから、こっちは後からその手順をなぞるだけ……楽な仕事だったよ。今回は街一個相手にしたんだ、報酬は弾んでよ姉ちゃん……身内だからまけろは無し!」
「……いい仕事だったぜ、だが身内なんだからまけろよ」
「話聞いてた???いーや、今回という今回は絶対ダメだからね!」
「……まぁ、聞けよ。報酬は別の形で支払おうと思ってるんだ」
「別の形?」
「へっへっへ、みーんなハッピーになれる素晴らしい方法だぜえー?……だが今は詳しく話している時間がねぇんだ、帰ってから話す」
「怪しい、怪しさが振り切り過ぎている……もしなんやかんや有耶無耶にするつもりなんだったら、姉ちゃんの口座から勝手に金抜くから、そのつもりでね」
「心配すんな、今回はマジな話だ」
「……わかったよ、じゃあ何しでかすつもりか知らないけど姉ちゃんも気を付けてね」
「ああ」
通話が終わり次第、スゥはタンデムローターのヘリコプターに乗り込んだ。
ヘリは自動運転でぐんぐん高度を上げていく。
現在シトラスのハッキングによってグラングレイ全域でサバイバーの効果を打ち消す設備アンチ・サバイバーが起動している。
よってこの三分間だけはサバイバーが無効化され、飛び道具や爆発が有効な攻撃手段と成り得るのだ。
「まさかコイツを使う日が来るとはな……」
スゥはヘリの胴体側面にある搬入口を全開にして煙草をふかしながら、前方のグラングレイを眺めていた。
それなりに大きな決断を前にしているせいか、何かを誤魔化そうとして踏ん切ろうと自問自答する。
「オイオイオイ、お前正気か、スゥ・サイドセル……マジでやるのか?割にも合わねえし、取り返しつかねーぞ?それをアイツ一人の為だけにやっちまうって言うのかよ?」
「もうこんなのは仕事でもなんでもねえ。アタシの仕事なら、もう終わっただろ?これ以上何をする必要があるってんだ?」
「相手は現セカイ最大勢力の一つ!傭兵都市グラングレイ!それを全部敵に回す?……いくらなんでも過ぎるだろ?やめとけよ」
仰々しい独り言は胸中の不安を吐き出す為の儀式の様なものだ。
それでもまだ覚悟は出来ていなかったが、もう引き返す気も無い、煙草の吸殻を空に吐き捨てるとスゥはキャスターを起動して単発式のロケットランチャーを取り出した。
装填して弾頭は数あるスゥのコレクションの中でも特に貴重な一点物、とっておきの戦術核弾頭『ダイダラ100』……核兵器なんてもう骨董品ではあるが、アンチサバイバーが街全体に効いてる今ならグラングレイを地図から消してしまえる威力を持つ代物だ。
「おっと!思ったより重いな……ふぅ」
取り出したスゥが重量でバランスを崩しかけるも、なんとか踏ん張って床に置いた。
スゥは自分の行動に対する迷いをまだ払拭しきれない、しかし準備はするすると思ったより順調に進む……進んでいってしまう。
再び電話をかける、今度の相手はプリデールだ。
「よう、なんか大変そうだな……まあいい、手短にいこう。アフターサービスだ、アタシが助けてやるよ。もし生き残りたいなら狼煙に向かって走りな」
一方的にそう告げて通話を切るとスゥは再びロケットランチャーへと手をかけた。
そのまま目を閉じて再び心を落ち着かせる。
「……アタシは人の命を奪う事に罪悪感を感じている?」
そんなの今更な話だ……既にアタシの手は汚れきっている。
「……アタシはグラングレイにビビッてる?」
上等だ、権力が恐くて『何でも屋』が勤まるかよ。
「……アタシは『アイツ』を見捨てる?」
それは勿論……それこそ聞かれるまでもねぇ事だ。
スゥは目を開いた、覚悟は決まった。
「答えは、決まってる……もう決まってんだよ!!!」
核兵器はサバイバーが発明されるよりも昔、第三次世界大戦よりも更に前の第二次世界大戦で実際に使われた大量殺戮兵器だ。
要は威力の高いミサイルで、飛んで行って爆発して、着弾地点に致命的な破壊を齎すだけのものだ。
抑止力といえば聞こえはいいが……既に終わってしまった人類史に於いて核兵器が人間を守った記録は残っていない。
実際に使用された時も、それは結局発射の権利を持つ政治家の玩具であり、彼等の言う『国民の為』は誰かの為に成り得ない。
スゥが放ったこの一発は、もしかすればグラングレイの罪の無い人々を全員殺す事になるだろう、しかし確実に窮地に陥ったプリデールただ一人を救う目的で放たれた。
「答えはNO!!全部NOだッ!バカヤロー!!!」
スゥはヤケクソ気味に、そして力の限り叫びながら、グラングレイの中心部に向けて核弾頭をぶっ放した!