かたつむりの観光客51
「ハァ……ハァ……!」
すんでの所で強引に体を捻ってなんとか急所への直撃は免れたものの、それでもオニキスの放った重力球はプリデールの左腕を抉り取った。
じわじわと主張を強めて来る腕の痛みに耐えながら戦い続ける、戦い続けれてしまう、
腕が一本無くなった事で、守勢に回らざるを得ない状況が増したが、それでも戦えない事も無い。
プリデールはこの時、全く別の事を考えていた。
(……そういえば私、なんでこんな事をしているのかしら?)
私は今、殺しを依頼しておきながら報酬の支払いを拒否し、あまつさえ私を殺して証拠隠滅を図ろうとしたボーダレスナイトへの制裁を加える為にここに来た。
それで制裁を邪魔する特殊部隊ゲイズハウンドと戦っている……理由はわかるし、理解は出来る。
筋は通ってる様に思える……だけど、それでも、こう思わずにはいられない。
「何故私はこんな事をしているの?」「これが私の成すべき事?」「私は敵を殺したい?」「これが私のしたい事?」
倫理観の希薄な頭に造られて、自分自身には目的が無く、ただなんとなく出来る事だけをして今まで生きて来た。
かといって自殺選ぶ様な強い絶望も無く、それ程多くの物を欲しがった訳でもないのに……それが何故、どうしてこんな事になってしまっているのだろう?
ヒトを殺める事が一般的に悪とされているのは勿論わかっている……けれど私はそもそも『そういう風には造られていない』それは私の罪なのか?
戦争が終わった時、私という存在は役立たずのお払い箱になった。
死ぬまで戦い続ける為の道具として生み出された私は、戦争が終わったと同時に私自身の存在理由も失っていたのだ。
(じゃあ……じゃあ私はどうすればよかったの?何が出来たの?一体何がしたかったの?何が善くて、何が悪かったの?)
私が生まれた理由は既に死んでいるから、もう誰も必要としないから、だからこの世に居場所は無いのだろうか。
確かに死ぬ気で戦えば、私の身体にはこんな窮地でも切り抜ける性能が備わっているだろう。
(……でも私にはもう何もない)
生きる理由、戦う理由、やりたいこと、夢、野望、守るべきもの、信念、熱意、闘志、復讐……何一つとして私にはない。
つまり結局の所、今の今まで生きて来たけど、造られた時に与えられた意味の他に私の中は未だに空っぽのまんまだ。
ならもう嫌だ、ただただただただ面倒くさくて仕方がない……たとえ今死ぬとしても、もう動きたくない。
仲間の仇討ちだと命を懸けて必死に戦えるこのヒト達が心底羨ましい。
わざと一瞬だけ気を抜いたら、今ならいとも容易く死ねるだろう。
・・・
人知れずプリデールの心が折れかけたその時、左腕が抉れた時に一緒に服から落ちていた携帯端末が勝手に通話状態になった。
「よう、なんか大変そうだな……まあいい、手短にいこう。アフターサービスだ、アタシが助けてやるよ。もし生き残りたいなら狼煙に向かって走りな」
聞こえてきたのは別れたばかりの筈なのに何故か懐かしく感じる声。
実に現金なハナシだが、その声を聞いた時、プリデールは無意識の内に走り出していた。
プリデールが逃走を開始すると、すこし間を置いてから何かが飛来する音が聞こえ始める。
それを見たオニキスは生まれて初めて驚愕した。
こちらに飛来してくるロケットの弾頭に放射能を示すハザードマークが見えたからだ。
「ロケットだけでも珍しいというのに放射能!?……核兵器!?なんで今更こんな骨董品が??」
それにしてはあまりにもタイミングが良すぎる。
強烈な嫌な予感を感じたオニキスにブレアから通信が入る。
「オニキス、今グラングレイの防衛システムが外部からハッキングを受けてる。その影響で一時的にグラングレイ全域のアンチサバイバーが稼動停止しているみたいだけど、三分後には復旧するってさ」
時間は一瞬しかなかったがオニキスは必死に考えた。
今ブレアに状況を説明する余裕は無く、よって指示を仰いでいては間に合わない。
追い詰めたとはいえ敵は未だに健在、ここで攻撃を止めてしまえば仕留め損なう可能性もある。
しかし今ここに向かって飛んで来ている核兵器が本物だった場合、グラングレイ諸共ここに居る全員が消し飛ぶ事になるだろう。
「……緊急事態につき、任務を破棄します!」
「え?ちょっと!?」
オニキスはすぐさま攻撃を中断し、核兵器の対処へと向かう。
全速力で飛行するオニキスが力の限り叫んだ!
「グラビティ・オニキス!!!」
オニキスをはじめとした鉱物生命体『クオリアシリーズ』達は自身の能力名を言葉にする事によって、はじめて最大出力で能力を行使する事が出来る。
オニキスの能力、重力操作はブラックホールさえ発生可能な強力な力だが、制御が難しく至近距離で全力発動すればオニキス自身も巻き込まれるだろう。
さらにクオリアシリーズ共通の特徴として『自分の体の質量を能力に変換して消費する事で能力を行使する』オニキスは文字通り自身の身体を砕いて核兵器を抑え込むつもりだ。
幸いにも間一髪オニキスが間に合った。
爆発の瞬間オニキスの能力が発動し、核弾頭は重力球の力場に包まれた。
核弾頭は漆黒の球に包み込まれ、爆発は完全に抑え込まれた様に見えた…………しかし一本、二本と光の筋が黒玉から漏れ出していく。
「くっ……やはり完全にはっ……!!」
オニキスの力を持ってしても核爆発を完全に抑え込む事は出来ず、遂に重力球は崩壊し、中から破滅の光があふれ出す。
しかしオニキスのおかげで爆発の威力は大分減衰しており、爆心地のビルが数本吹き飛ぶ程度の被害で済んだ。
当然その場にいた全員、オニキスとプリデール、そしてゲイズハウンド達も巻き込まれて吹き飛んだ。