かたつむりの観光客49
アブノーマリティとはキメラ化した生物が稀に発現する特殊能力の事だ。
通常キメラ化した人間は獣性細胞の働きによって動物的な特徴が体に現れる。
例えばデンキウナギの特徴が体に現れたキメラが居たとして、そのキメラが発電能力を持っていたとしても、それは動物から受け継いだ特徴であってアブノーマリティとはならない。
しかし羊の特徴を持つキメラが本来羊が持っていない発電能力を持っていたとしたら、それはアブノーマリティ(異常性)と呼ばれる。
これは元人間や試験管生まれに関係なく、キメラ化した全ての生物がアブノーマリティを発現させる可能性を秘めており、また発現する能力についてもバラバラで原理も不明な為、アブノーマリティ発現の法則は今の所判明していない。
「そういうことか……」
森の中に設置されたテントの中でブ、レアは一人モニターに向かって呟いた。
モニターはロウディカとインビジブルの戦いの様子を映し出している。
今のブレアの呟きはインビジブルが使用したアブノーマリティに対してのものだった。
当初インビジブルのアブノーマリティは姿を消す能力だと思われていたが、しかし人体を切断しても血の出ない傷口や、空中でナイフの軌道を操作したと報告書には書かれていた。
戦術に影響は無いと判断され、作戦の際には無視された内容だ。
(おそらくインビジブルの本当の能力は『発電』……)
それに当てはめて考えると、血の出ない傷口は電気で一瞬の内に焼き切っている事になるし、空中でのナイフの操作はナイフ自体を電磁石化させれば可能、誤解されていた『姿を消す能力』も発生させた電力を使用して可視光線に干渉しているものと推測出来る。
そして先程の閃光……一体どの程の出力があれば、あんな芸当が可能なのか見当も付かない。
ブレアは溜め息を吐いた。
「無茶苦茶だよ……本当に化け物なんだね。あれではまるで彼女自身がロストテクノロジーそのものじゃないか」
その時、モニターからロウディカの雄叫びが聞こえてきた。
「ええっ!?ロウディカ君、まさかレッドアイまで使ってるのかい!?」
レッドアイは一時的に身体能力を爆発的に上昇させる薬品で使用すると文字通り目が赤くなる事からそう名付けられた。
まだ実用化出来ていない試作品で、強力な副作用がある。
投与から5分も経過すれば、薬に耐えかねた体中の細胞が壊死し始める劇薬でもある。
戦時中に開発された薬品が元となっており、当時は主に自決用として兵隊達に配られていたという。
『どうせ死ぬなら一人でも多く敵を殺してから死ね』という、戦時中のキメラに対する人間達の古い価値観を物語るような薬品だ。
ちなみに細胞が破壊されるという特性から、キメラ兵の遺伝子情報を破壊し技術が敵の手に渡るのを阻止するという効果もある。
「おっと、となれば……私もこうしちゃいられないね、せっかく恩を売ったというのに勝手に死んでもらっちゃ困る」
ブレアは上着のポケットから携帯電話を取り出すと何処かへ電話を掛けた。
自分の駒が取られそうなら、他の駒を使ってカバーしなければ。
「……君の出番だよクオリア・オニキス、今すぐゲイズハウンドの援護に回ってくれ」
「はい……すみませんが、住民の避難状況は伺ってもよろしいでしょうか?」
「安心してくれ、それなら作戦開始の時点で完了してある」
「それを聞いて安心しました、ありがとうございます」
「君の力は強力だけど制御が難しいというのも聞いているからね、慎重に事を運んでいるだけさ」
「……そうだとしても、嬉しいです」
「それなら結果で応えてくれると私も嬉しいかな……それじゃ、よろしくね」
ブレアは電話を終えると椅子に深く座りなおすと、背もたれに体を預けた。
この時、テーブルの上に置きっぱなしで冷めてしまったコーヒーの存在を思い出して、一口啜った。
「全く……勝手な事はしないで欲しいな、駒が減るのは良くないんだ」