かたつむりの観光客48
嵐の前の静けさというものなのか……不気味な静けさの中、向かい合うプリデールとゲイズハウンド達。
緊張感が高まるボーダレスナイト本部前、ロウディカ含むゲイズハウンド全隊員49名がプリデールの周囲をぐるりと取り囲み、睨み合
う。
プリデールを恨んでいるのは隊長のロウディカだけではないらしく、他の隊員達からも鬼気迫る様な殺気が放たれている。
その殺気の渦の中心でプリデールは相変わらず涼しい顔のままだった。
しかしゲイズハウンドの戦闘力を危険視しているのか、彼女にしては珍しく既に二本の短剣構えて臨戦態勢に入っていた。
じりじりと緊張が高まる中、先に仕掛けたのはゲイズハウンドだった。
後方に居たロウディカが高速回転させた鎖鎌をプリデールに向けて投擲したのだ。
鎖に繋がれた歪な刃が獣の爪牙の如くプリデールの肉を引き裂かんと躍り掛かる。
プリデールは飛来した刃を短剣で弾いて、返す刀で鎖の切断を試みるが、それは敵わなかった。
鎖が伸びきった所をしっかり捉えたて刃を振るったと思ったが、結果は鎖が少したわむだけに終わった。
(ブラックロータスでも斬れない……?)
プリデールが鎖を切断できなかった理由は二つある。
一つ目はロウディカが巧みに鎖を操ってしならせ、切断しにくい状態を造り出していた事、二つ目はロウディカの鎖鎌『コルテオ』もま
たプリデールの短剣プラックロータスと同じく、戦時中のロストテクノロジーによって造られた武器だからだ。
ロウディカの攻撃を皮切りにして他の隊員達もプリデールへと殺到する。
前後左右から襲い掛かるコンビネーションは一見すると乱戦状態のように見えるが、巧みにゲイズハウンドの攻撃だけがかち合わない様になっている、想像を絶する精度の連携攻撃だ。
プリデールはその人間離れした連携を超人的な身体能力だけで捌き切っていたが、反撃の糸口は掴めないでいた。
(戦時中(あの頃)を思い出す殺気だわ……)
ゲイズハウンド達の戦術は言ってしまえばシンプルなものだ。
最初の一人が攻撃する死角から別の隊員が攻撃を加える。
敵が攻撃に対処している隙に次の隊員が、次の次の隊員が死角からの攻撃の準備をする。
一撃必殺の威力を持つプリデールの攻撃は数人がかりで阻まれ、その隙に次の攻撃が襲い掛かってくる。
こういった連携が一対多の白兵戦の中で、常人の目で追えない程の脅威的なスピードで次々と繰り返されている。
おまけにロウディカの鎖鎌が隊員達の隙間を縫う蛇の様に飛来する。
弛まぬ訓練の賜物か、それとも血よりも濃いという彼等の絆の成せる業か……隊員達は命のやり取りが行われているこの戦場に於いて、ロウディカの鎖鎌を見てすらなかった。
これは並大抵の信頼関係と技術量で成せる技ではない。
(化け物め……)
歴戦のゲイズハウンド総出でかかっても、なおプリデールに攻撃は届かない。
今は隊員達の決死の連携で抑えてはいるが、プリデールも相変わらずの涼しい顔で疲弊する様子は無い。
(奴の一撃に対して、我等数人がかりで抑えるのがやっとか……まるで一方的に綱渡りを強要されている様な戦いだ)
細い足場から少しでも足を滑らせれば全員奈落の底へ真っ逆さま。
このまま戦いが長引けば不利になるのは自分達だろうという事をロウディカは感じていた。
(ならば……)
ロウディカの四肢に装着しているキャスターが一斉に起動した。
するとロウディカの四肢からこれまでとは比べ物にならない程の大量の鎖鎌が、津波の様にうねりを上げながら一斉にプリデールへと襲い掛かる。
無差別に放たれた様に見える鎖も柱や建物に巻き付いて、それぞれ方向やタイミングを変えつつも波状攻撃となって飛来した。
大量の鎖鎌を見たプリデールが回避に専念しようと反撃を中断した隙を狙って、隊員の一人が決死の覚悟で腕を掴んだ。
「今です隊長!アイツの……ジャックの仇をっ……!」
プリデールを掴んだ隊員の腕は斬り飛ばされたが、回避が一瞬遅れたプリデールはそのまま鎖の波に飲み込まれていった。
遂に勝負が決したかと思われた瞬間、大量の鎖鎌とゲイズハウンドの隊員達は突如発生した青い閃光によって吹き飛ばされた。
「何っ!?」
ゲイズハウンド達は何が起こったのか理解出来なかったが、危険を察知したロウディカは鎖鎌を展開しているキャスターごとパージして無理矢理プリデールから距離と取った。
結果的にロウディカの判断は正しかった。
プリデールから発せられていると思われる青い光が鎖を伝って荒れ狂っていたからだ。
青い光の余韻を見ると、ようやく閃光の正体は電撃だったのだと気付く事が出来るだろう。
「これが奴の特殊能力……!!!」
そのまま鎖を断ち切らずにいたなら、鎖を伝って来る電撃をロウディカも喰らってしまっていただろう。
いつの間にか拘束から抜け出していたプリデールが街灯の上に立ち、ゲイズハウンドを見下ろしながら履き捨てる様に言った。
「本気を出さないといけないなんて……本当に面倒くさいわ、貴方達」
プリデールはいつものフリフリのドレス姿では無く、今は飾り気が無く体にフィットした純白のラバースーツに身を包んでいた。
あまりの威圧感にゲイズハウンド達が攻めあぐねていると、不意にプリデールの姿が視界から消えた。
「……ぐあっ!!」
その直後、突如上がった近くから上がった悲鳴にゲイズハウンド達が目を向けると、大柄な隊員がプリデールの一撃で武器を弾き飛ばされていた。
武器を失った隊員は、その瞬間に思考を切り替えて自らの巨体を生かしてプリデールに掴みかかる。
隊員の丸太のような両腕でガッチリと組み付かれたプリデールだったが、別に意に介してない様子だった。
拘束が成功したのを見るや、隊員達が次々と攻撃を開始した。
プリデールを掴んでいる隊員が違和感を感じて自分の胸部に視線を落とすと、いつのまにか黒いナイフが突き立っていた。
体に走る痛みも無ければ、血が流れ出る様子すら無い。
「……えっ?」
戸惑う隊員の大柄な体はナイフを胸に突き立てられたままの状態で強引に振り回された。
そのまま攻撃を開始しようとしていた他の隊員達は味方を盾にされて攻撃する事が出来ず、そのまま薙ぎ払われた。
ゲイズハウンド達はこの時始めてプリデールの底の知れなさに対して恐怖を抱いた。
(自分達の決死の連携でようやく抑え込めていたのさえ、本気では無かったと言うのか……)
部隊の士気が萎えかけた時、部隊の後方から狂乱した獣の雄叫びの様な声が聞こえた。
「うおおおおああああぁぁぁぁっっ!」
獣の様な咆哮を上げながらプリデールに対して白兵突撃を敢行したのは隊長のロウディカだった。
プリデールはロウディカの攻撃をナイフで受けて、二人はそのまま鍔迫り合いの力比べの状態になった。
なんとロウディカは先程の大柄な隊員を易々と振り回す程の腕力を持つ今のプリデールをそのまま力で圧し始めたのだ。
自分達の隊長の優勢を見て、士気の落ちかけた隊員達は鼓舞された……が、それも一瞬で驚きへと変わる。
ロウディカの目が鬼灯の様に赤くなっていたからだ。
それを見て隊員の内の一人が叫んだ。
「隊長っ!まさか……『レッドアイ』を!?」