ルック・インサイド8
食卓に並んだ料理はどれも不審な点は見当たらず、普通においしそうだった。
コーンとチーズをたっぷり乗せて斜めに厚切りされたバゲットにホッとする様な優しい香りのマッシュルーム入りバタースープ、そして今では滅多にお目にかかれなくなった、遺伝子操作されていない原種野菜をふんだんに使ったサラダ。
「……これって原種野菜ですよね?いいんですか?こんな高価なものを……」
「えっと、ゲンシュ?ってなんですか?私が普段食べてる材料なんですけど……」
「え?原種野菜を知らないんですか?」
「すいません、私この森から外に出た事が無くて……」
「あ、そうだったんですね……えっと、原種というのはですね、今セカイよりも前の時代……つまり第三次世界大戦前の時代に食べられていた品種の野菜ですよ。償いの日で世界の環境がガラリと変わってからというもの、今じゃすっかり高級品ですよ」
原種野菜や家畜は今のセカイ環境では育てる事が不可能らしい。
だから原種の食料は大戦前の環境を再現出来る設備があるごく限られた場所でしか行われていない。
「……なるほど、初めて知りました。私は外の事はよくわからないんですけど、どうぞ遠慮せず召し上がって下さい。お口に合えばいいんですけど……」
「それじゃあ、頂きます……と、その前に」
そう言って検査薬入りの胡椒の瓶を取り出したあたしは有無を言わせない素早さで料理に振りかけていく。
「あたし、なんにでもコレかけて食べるんですよ……いやぁ、たまたま買ってみたらハマっちゃって」
自分でもちょっと苦しい言い訳をしているなとは思いつつも、なんとか押し通すしかない。
これでもし食事に毒が入っていたなら、あと一分もすれば検査薬が反応して紫色に変色していく筈……それまで適当な話で場を繋ぐ事にした。
「そういえば助けてもらったのに、自己紹介がまだでしたよね?あたしはニレっていいます、改めて助けてくれてありがとうございます!」
そういって頭を下げる。
「ふふ、私も忘れちゃってました……私、トロメア・タリスマンっていいます」
「タリスマン?へぇ~……あのヘルメス博士と同じ苗字なんですね」
あたしとしては軽い世間話のつもりだったんだけど、トロメアという少女は目の色を変えて話に食いついてきた。
「パパを知ってるんですか!?」
「え?ヘルメス・タリスマン博士といえば、キメラ技術の生みの親にして償いの日を引き起こしたっていう天才科学者……あ、でも同姓同名の別のヒトかも?」
慌ててフォローを入れてみるも、トロメアは俯いてポツリと呟いた。
「……パパってそんなに有名人だったんだ」
「もしかして、本当に何も知らなかったとか?」
「はい……」
「うーん、あたしもまさか軽い世間話でこんな事になるとは思ってもみなかったけど……あたしが知ってる事で良かったらだけど、森の外の事、話しましょうか?」
「是非!お願いします!」
「勿論良いけど……今の話で結構ショックを受けてる様に見えますけど大丈夫です?」
「あはは……確かにびっくりしましたけど、大丈夫です」
「じゃあまず……」
忘れる所だったけど、料理をちらり見ると薬品が反応して変色している部分は無かった。
この子にどんな事情があるのかは知らないけど、そんなに疑ってかかる事も無かったのかもしれないと思い直し、あたしは料理を食べ始めた。
食事をしながら、あたしはこれまでの旅であった色々な出来事をトロメアに話して聞かせた。
森の外の話はトロメアにとって新鮮で興味を引くものらしく、食い入るように話に聞き入っていた。
あまりにも目をキラキラ輝かせながらあたしの話を聞くものだから、あたしも調子に乗って饒舌になってしまった。
いつもは路銀を稼ぎ追手から逃げて、不安定で緊張感のある暮らしをしているからか楽しいなんて思うのも久しぶりだった。




