ルック・インサイド3
あたしが指定された場所に時間通りに到着すると、そこには既に誰か居た。
鳥の頭の様なマスクで顔を隠した有翼人で、軽騎士といった感じの機動力重視の装備を身に着けている細身の、恐らく男性?
肩当てに特徴的な旧エジプトの眼の紋章が描かれているし、彼がウジャトの構成員と見て間違いないだろう。
ウジャトの軽騎士はあたしの顔をじっと見つめた後、そのまま何も言わずどこかへと飛び去って行った。
「……挨拶も無し、か」
聞いていたイメージ通り、ウジャトは随分と不愛想な連中らしい。
ウジャト軽騎士は此処へ一体何をしに来たのかと疑問に思ったけど、軽騎士の居た場所にポツンと鞄が一つ残されているのを見つけた。
あたしは鞄に近寄って、その中身を確認した。
(まさかこの状況で忘れ物って事は無いよね……って事はあたしにこれを使えって?)
鞄の中にはお世辞にも美味しそうには見えない携帯食料数日分と、マッピングに特化した携帯端末、信号弾、獣避けの薬品、虫よけスプレーに救急箱が入っていた。
荷物ならキャスターに入れといてくれれば良いのにと思った所で不意に笑いが込み上げてきた。
あんなに不気味で思わせぶりな連中なのにお金の勘定はキッチリしてるなんて、なんだか妙に俗っぽくてちょっと可笑しい。
(まぁ、それはさておき……さっさと終わらせて美味しいものでも食べに行きたいなぁ、天然物のフルーツとかさぁ)
支給された物資を自分のキャスターに収納し終えて立ち上がると、調査対象の森へと歩き始めた。
遠目から見た限りでは森に異常は無く、生えている木も珍しいものでは無さそうだ。
徐々に森が近づいても特に何か感じる事も無く、別に鬱蒼としている訳でも無ければ凶暴なモッドが荒らしまわっている形跡もない、見れば見る程至って普通の森だ。
ウジャトから送られてきた森を真上から撮影した写真によると、沼や池の類も無く平坦な地形みたい。
(歩き回りやすそうなのは、せめてもの救いかな……)
森の中を進みながら頭の中で依頼の内容を整理してみる。
依頼の達成条件は二つで、一つ目は洋館の発見。
これは簡単かな、普通建物が移動するなんてあり得ない事はないだろうけど先ず無いだろうし、探索中にそれらしき建物を見つけたら写真と撮るなり、信号弾を撃ち上げるなり、場所をマーキングするなりして、それを依頼主に報告すれば達成。
二つ目は洋館が存在しない事を確認する。
こっちが結構面倒で、マッピングアプリを持って歩き回って森の隅々まで踏破して、森の何処にも建物なんて無いと証明する必要がある。
小さい森といえど隅々まで歩くとなると相当に骨が折れそうだなぁ。
「早いとこ館が見つかってくれれば楽なんだけどなぁ~」
なんて事を誰も居ない森の中で呟いていてもしょうがない……とりあえず何かいい考えがある訳でもなし、地道に外周から中心に向けて塗り絵みたいに地道にマッピングして地図の未確定部分を埋めていく事にした。
あたしが調査する事になった森は全体がおおよそ30km程の森としては小さい方で、一人で調査するにしてもアプリを使ったマッピングだけなら、まあ一週間もあれば終わるかなという感じ。
(このまま何事も無く終わればいいんだけど……)
今回の仕事はイェンさんが『不確定要素の多い危険な仕事』として紹介してくれたものだし、この森はゲヘナと関わりがある鎮守指定地域としてウジャトの眼の管轄下にある。
依頼人であるウジャトの連中もなんか不愛想で不気味だったし、この仕事には常に何か得体の知れない不穏な空気が付き纏っている。
それを忘れないようにしないと。
・・・
唯々、与えられた仕事を黙々とこなしていく。
森の外周部を調査していた二日間は特に何の異常も無く過ぎていったが、違和感を感じ始めたのは三日目の昼間からだった。
(なんかこの森、動物が居ない……?)
結構森の深くまで来ている筈なのに獣を全然見かけていないどころか思い返すと、この森に入ってから小鳥の姿や鳴き声すら聞いてない。
もしかしてと思い、その辺の植物の葉っぱの上や落ち葉を足で退けて地面を調べてみても、虫すら一匹も見つけられなかった。
草があれば、それを目当てに虫や草食動物がやってきてそれを食べる、草食動物がいれば肉食動物が餌を求めてやってくる。
動物はおろか虫すら居ないこの森では、生命の営みというものが行われていない。
ただ木々だけが生えていて、一見すると森の様になっている場所。
あたしはますますこの森を不気味に感じた。
(こりゃいよいよもってマズいかも……)
だというのに生き物が居ない筈の森の中で、さっきからあたしは何者かの視線を感じている。
視線の主を探って周囲を観察してみても、どこから見られているのかハッキリしない。
(どこから見られているのかわからない……全方向から視線を感じる)
こんな事なら凶暴なヒト食いモッドの群れに襲い掛かられた方がまだ危険がハッキリしてるだけ幾らか気分的にマシだ。
あたしの本能とか直感が『今すぐにココから逃げろ!』と警鐘を鳴らしているけど、それでもあたしはまだ逃げる事が出来ない。
理由は簡単『まだ』何も起こっていないから。
逃げるにしても何か見つけなければ報酬は支払われない。
そうなればあたしは野盗に堕ちるか、野垂れ死ぬしかない。
(…………)
じわじわと高まってくる嫌な緊張感の中、無理矢理に集中して気配を探る。
「そっちか!!!」
自分以外の何者かが落ち葉を踏んだ幽かな音を頼りに、あたしは全力で森を駆けた。




