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ハジマリノヒ  作者: うぐいす
アザーライフ&アザードリームス
208/214

ルック・インサイド

 科学都市ノアの名も無い実験体だったあたしが『ニレ』という名前をスゥさんに貰ってから、そろそろ一年が経とうとしていた。

スゥさんとカルカッサで別れた後、あたしは短期のアルバイトで路銀を稼ぎつつ各地を転々とする生活を送っている。

幸運な事にヒト並み以上に物覚えや要領が良かったらしくて、あちこちで働く内に自然と色々なスキルが身についていった。

家事、医療助手、農業漁業等の各種一次産業、用心棒、接客、モッドの討伐、船員、運転手、調理師……屋外の仕事から屋内の仕事まで、資格が必要ない程度の作業なら大体なんでも熟せる様になったし、運転免許の様な比較的簡単な資格なら二十種類以上は持っている。

正直どこかに落ち着きたいという気持ちもあるけど、私の出自がそれを許してはくれない。


「見つけたぞ、脱走者T-20」


 あたしが学園都市ジュラルバームの路地裏を歩いていると急に見知らぬ男に呼び止められた。

今朝から尾行されていたのは気付いていたけど、表通りで騒ぎを起こされても困るので、こうして人気の路地裏に誘い込んだら尾行者は早速行動を起こした。

相手の振る舞いを見るに自分が誘い込まれた事すら気付いてないらしいので、幸い今回の追手は大した相手じゃない。

あたしは足を止めて振り返らず、そのまま答えた。


「そんな番号なんかであたしを呼ばないで欲しいんだけど?」

「それがノアがお前に与えられた番号だろう、T-20」


 別に追手に私を名前で呼んで欲しかった訳では無いけど、追手はあたしの言葉を意に介さない。

コイツ等はいつもこうだ、あたしとコイツが造られた科学都市ノアでは100%純粋な人間以外の存在に人権は無い。

『人権』というのは純粋人間の為だけに存在するもので、他生物と遺伝子の混ざったあたし達キメラは動物と同じだというのが基本的なノアの考え方だ。 


「ノアの名において、貴様を処理する」


 通常ノアは脱走したキメラに対して追手を差し向けるなんて手間をかける事はしない。

飼っていた家畜がたかだか一匹野生に還った程度の事でノアは動かない。

けど忌々しい事に、あたしは『ティアマト計画』っていう、平たく言うとより強いキメラ兵を造り上げるという研究の実験体で、少なくともこうして追手を差し向けられる程度には他のキメラよりはノアに大切にされているらしい……全っ然嬉しく無いけど。

ティアマト計画は黄道十二宮の星座に準えて十二のセクションがあり、さっきから追手の男が言っている『T-20』というのは、おうし座を意味する『Taurus』の二十番目という意味だ。

追手は迷いの無い動作でキャスターを起動させると虚空からノアの兵士に支給される制式の剣を構えて、あたしに斬りかかってきた。

それと同時にあたしもキャスターを起動させて、ナックルダスター『コルナ』を両手にを装着して構える。

剣を上段に振りかぶって迫る追手の懐に、敢えて潜り込むように突っ込んでいった。

追手は待ってましたと言わんばかりに剣を振り下ろすが、あたしは素早く身体を捻って紙一重で斬撃を躱した。


「フッ!」

「なにっ!?」


 剣は虚しく空を切り、地面に叩いてガキッ!と音を鳴らした。


「しまっ!!」


 あたしが放った右ストレートをモロに顔面に食らって吹き飛んだ追手は地面に仰向けになって倒れると、そのままピクリとも動かなくなった。

脱走してから一年、一人でここまでやってきたんだ。

この程度の追手でどうにかなるとか思ってもらっちゃ困る。

だけど問題は別にある。

今の所あたし一人でもなんとかなっているけど、相手は戦時中に失われた技術を数多く擁する七大都市の一つ、科学都市ノア直属の組織『ピジョン総括府』決して油断出来ない相手だし、なにより他のヒトや町に迷惑は掛けたくない。


「ふぅ、また別の町に行かないとダメだね」

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