甘いマイアズマータ10
心臓移植の後、アレンとマイは下層を出て治安のマシな中層の安い部屋に引っ越して、それぞれ別の仕事に就いて働き始めた。
アレンは元々持っていたキメラ作成する技術を認められて、臓器のクローニングを行う会社に勤める事になった。
マイは上層のカジノのバニーガールのバイトを始めた。
時の流れは早いもので、気付けば心臓移植から一年が過ぎていた。
二人は今、新月街上層のホテルでロマンチックな夜景を背に食事を愉しんでいた。
今度の食事はお祝いとか記念日とか、そういうありふれた、たまの贅沢というヤツだ。
「とりあえず今日もお疲れ様という事で……」
「もう……なんでそこで尻すぼみになっちゃうのよ?」
アレンの頼りなさげな乾杯の音頭にマイが茶々を入れると、アレンはいつも通りしどろもどろし始めた。
「そうは言ってもさ、向こうに行ってからもやる事は山積してる訳だし、正直不安で……」
「今日はお祝いなんだからそういうのはなし」
「ご、ごめん……」
「まあいいわ……ねえパパ、本当にジュラルバームに引っ越すの?私は別に今のままでも……」
何か言いかけたマイをアレンは片手で制した。
「……これは僕からのお願いなんだ。マイにはちゃんとした教育を受けて欲しい」
アレンにしては珍しく、しっかりとした口調で言い切った。
対してマイは、冷ややかな視線をアレンに送りながら言い返す。
「ふーん、売り飛ばした癖にね」
マイもアレンの気持ちは知っているが、わかっていても困らせたくなってしまうのが変えようの無いマイの性格というヤツだ。
勿論マイも本気な訳じゃないけれど、アレンを困らせたいという衝動はマイにとって抗いがたいものだった。
「……それは勿論わかってるけど」
「ホント、パパってずるい……」
「え?」
「なんでもない」
マイは自分の内心を悟られない様に苦心した。
あんな情けない顔でお願いされたら、大抵の事はマイは断れない……という事を知っていながら、わざとやっているのではないかと疑ってしまう。
しかし自分から折れるのはマイのプライドが許さない。
マイは内心の葛藤を誤魔化す為に口を開いた。
「やり直し」
「……え?」
「乾杯、やり直して」
「そういわれてもなあ……なんて言ったらいいのかわからないよ」
新月街の下層に隠れ住んでいた、一人暮らしのコミュ力低めの独身男性に対して急に乾杯の音頭をとれというのは、なかなか酷な話だった。
そんな器量をアレンに期待するのはお門違いというものだ。
自分で困らせておきながらアレンが困っている姿に見かねたマイは、ついつい助け舟を出してしまう。
「別に簡単なのでいいわよ」
「わかった、じゃあ月並みだけど……二人の新しい門出に」
「「乾杯」」
グラスが鳴らす軽やかな音が新月街の夜景に溶けていった。




