甘いマイアズマータ9
後日、コールドスリープ状態のアレンに新しく培養した心臓の移植手術も無事に成功し、マイと数日遅れてアレンも退院の日を迎えた。
その日は先に退院していたマイが病院の入口まで迎えに来ており、挨拶もそこそこに二人は一緒に家に帰る事になった。
ところがマイは妙に素っ気ない態度で、アレンが話し掛けても一言二言答えるだけで会話が続かない。
何か怒らせてしまう様な事をしてしまったのかと考えてみても、アレンに思い当たる節はなかった。
(まいったな……こういう時ってどうすればいいんだ???)
気まずい沈黙をなんとかしようと、不器用なりにアレンが話しかけたりしていたが悉く失敗し、マイが口を開く事は無かった。
家に到着する頃には、アレンはすっかり困り果ててしまっていた。
「い、いやぁ~それにしても運が良かったよ、あのサクレンってお医者さん、ホントに凄い名医らしくてさ……」
「…………」
一方マイはというと、こっちもこっちでアレンと同様に困り果てていた。
日常的にあんなに苛め抜いたアレンの心臓を貰って生き延びている自分が、どんな顔でアレンに接したら良いのかわからない。
「あぁ……随分久しぶりに帰ってきた気がするよ……なんだかんだ家が一番落ち着くなぁ」
家に入るとアレンはそのまま脱力する様にリビングのソファーに体を預けた。
部屋に着いてからようやく、マイが口を開いた。
「部屋の物が減ってる……」
「あぁ、結構スッキリしただろ?仕事で使ってた設備、全部売っちゃったんだ」
「……え?」
「手術の費用、僕のへそくりだけじゃ足りなくてね……これも良い機会だと思って、もう違法行為から足を洗う事にしたよ」
「…………」
へらへら笑いながら話すアレンの頬を突然マイが思いっきり平手打ちした。
「…………バカッ!バカッ!バカッ!それで、それで償ったつもりなの!?この偽善者!!」
色んな感情が複雑に絡み合い、遂に爆発したマイの平手打ちは一発ではとても収まらず、嵐の様な往復ビンタとなった。
アレンは黙したまま平手打ちを受け続けた、これくらいなら腹を刺される痛みに比べればどうってことない。
「なんでこんな事するのよッ!?いっつも勝手にッ!!自分勝手に生み出して、売り飛ばしたくせに!!」
腫れあがったアレンの顔の痣が青くなる頃、疲れが限界に達したのか、マイの平手打ちがようやく止んだ。
「ごめん……都合のいい事を言ってるのは自覚しているけど、それでも死なせたくないって思ったんだ、君の事」
マイは泣きそうな顔を隠す為に今しがたビンタしたアレンの顔に抱きついた。
そして震える声で言う。
「絶対……後悔させてあげるんだから……」
アレンはマイの頭を優しく撫でた。
前よりもがらんとした部屋に、マイの小さな嗚咽が響いていた。




