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ハジマリノヒ  作者: うぐいす
アザーライフ&アザードリームス
205/214

甘いマイアズマータ8

「んっ……」


 マイが目を覚ますと、ぼんやりと白いものが視界に映っている。

次第に意識がハッキリと覚醒してからは、それが白い天井なのだと分かった。

少し顔を動かして周囲を見ると、どうやらここは病室らしい。


(家じゃない……そっか、私、倒れて……)


 特に体に異常を感じなかったのでマイはベッドから体を起してみる事にした。

今まで長い間寝ていたせいか体の節々が多少痛んだが、問題なく身体を動かすことが出来た。

枕元には壁から繋がっている有線式のナースコールのボタンがある、自分の状況がまだ呑み込めないマイは、躊躇なくそれを押してみた。

間もなくすると、看護師を伴って目付きの悪い妙齢の女医がマイの病室へやってきた。


「マイさん、お目覚めになりましたか……色々聞きたい事もおありでしょうが、まずは貴方の容体の確認からさせてください」


 それからサクレンはマイの身体を軽く触診しながらカルテに何か書き込んでいく。

サクレンからの体調に関する質問が途切れた所で、今度はマイが質問した。


「先生、私は一体なんの病気なんですか?」

「貴方の場合、病気というよりも……」


 サクレンはアレンにしたのと同じ説明をマイにも行った。

マイは滞り無くそれを理解したが、一つ疑問に思った事があった。

心臓が老化して倒れたというのなら、そのまま死んでいてもおかしくなかった筈だ。

なのにマイは現状自分の体調になんの違和感も感じていない、いますぐ走れと言われても問題なく走れるだろう。

考えられそうな事は一つ。


「……それじゃあ私は今回、どんな治療を受けたんですか?」

「マイさん、貴方の心臓は確かに限界を迎えていました。この症状は貴方の遺伝子に刻まれた先天性のもので、クローンの培養による心臓の移植では意味がありません……もう少し時間に余裕があれば、人工臓器の用意も出来たのですけど……今回は急を要する事でしたので、ヒトから提供を受けて心臓移植を行いました」


 マイは素直に驚いた。

知り合いも碌に居ない自分が臓器提供、それもだれかの心臓を譲り受けたというのだ。


「まさか……」

「ええ……貴方に心臓を提供したのは、貴方のお父さん、アレン・アズマットさんです」


 心臓の提供者がアレンだと知ったマイはその意味を理解した途端に錯乱し、真っ青な顔でサクレンの両肩を掴んで問い詰めた。


「パパは今どうなってるんですか!?パパが死んじゃったら私っ、私は何の為に……!!」


 マイの声は次第に小さくなるのと比例してサクレンの肩を掴んでいる力も弱くなっていき、最後には縋りつく様な形になった。

アレンの心臓が今自分の中で動いているならばアレン本人が無事な訳が無い筈だとマイは思ったからだ。

しかしサクレンはマイに驚愕の事実を告げた。


「……落ち着いてくださいマイさん、アレンさんは生きています」

「えっ……?」


 消え入りそうな声で反応したマイを尻目にサクレンが説明を続ける。


「勿論生物は心臓を失えば死に至ります……事態は急を要し、新しくアレンさんのクローンを培養している時間もありませんでした……それでもアレンさんの命に別状はありません」


 クローンの培養に一週間程の時間が必要なのは戦後のセカイでは常識だ。

時間を掛けずに造られたクローンは細胞の劣化や歪みが激しく、長く生きられない。

そんなものを移植してしまえば、例え拒絶反応が起こり得ない自分自身のクローンの部品パーツと言えど、すぐにダメになってしまう。

だというのにサクレンはアレンの命に別状は無いと断言している。


「じゃあ、一体どうやって……?」


当然の疑問を口にしたマイに告げられたのは、さらに驚くべき事実だった。


「アレンさんは現在、心臓を摘出した状態でコールドスリープに入っています。クローンの準備が出来次第、クローンから心臓を抜き出して、更にそれをアレンさん本人へ移植しなおします」


 目の前にいるサクレンという医者が凄腕なのか、それとも違法な闇医者なのかは今のマイには判別できなかったが、それでもこの医者がやってる事が常軌を逸しているのは理解できた。


「そんな……いくらなんでも無茶苦茶過ぎます」

「勿論私も引き止めましたが……どうしても貴方を助けたいという本人の強い希望がありましたので手術を敢行しました。医療に関する法律の緩い新月街だからこそ出来た手術とも言えますね」

「パパ……」


悔しい事にマイはアレンの行動が心底嬉しかった。


(パパが私の為にここまでしてくれるなんて……でも……)


 そして混沌とした、複雑な気分でもあった。

てっきり自分の事を恨んでいると思っていたし……そう思っていて欲しかった節もある。

遠慮なく敵意をぶつけられるだけの存在で居てくれた方が、気が楽というのもマイの正直な気持ちだった。


「マイさんの方は一応検査がまだ残っていますので、念の為もう二~三日入院してもらいますね」


 そんなマイの心の内を知らないサクレンは、そのまま軽く挨拶をして病室を出て行った。

サクレンが去った病室に静寂が訪れると、マイはしばらくの間サクレンの話の衝撃からボーっと天井を眺めていたが次第に落ち着きを取り戻すと今度は怒りが込み上げてきた。


(勝手に生み出されて、勝手に売り飛ばされた挙句、今度は勝手に助けられて……本当にバカみたい)


 マイはふと自分の顔が熱くなっているのを感じた。

最初は怒りで頭に血が上ったのかと思ったが、違和感を感じて頬に手をやると、いつの間にか流れていた涙が静かに指先を濡らした。


「なによ、ホントいつも勝手なんだから……パパの馬鹿ッ……!」

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