甘いマイアズマータ6
血を噴き上げる生きた噴水と化したチンピラ達が全身の血を出し尽くして道路が赤く染まると、出すものが無くなった枯れ果てたチンピラ達は皆息絶えて、路地に静寂が戻ってきた。
自分のズボンが血で濡れている事すら忘れて、呆然と地面に尻餅をついていたアレンにマイがゆっくりと歩み寄って来る。
アレンは反射的に何かされるかと身構えたが、マイはにこやかに手を差し出すだけだった。
「大丈夫?」
「……どうして助けたんだ?俺の事が憎かったんじゃないのか?」
「さっきも言ったでしょ?私、パパの事愛しているのよ……だから護るの」
「……わからない、なんでだ?僕には君に愛される理由なんて無い筈だろう?」
「理由なんてどうでもいいの、私がそうしたいからそうしてるだけ」
「……ダメだ、やっぱり僕にはお前が理解出来ない」
「ふーん、そう……でもこれならわかるでしょ?」
マイはおもむろに取り出したアイスピックをアレンに見せつける。
「ひぃ!!」
アレンはいつもみたいにそれで自分が刺されるのかと思って悲鳴を上げた。
マイはゆっくりとアイスピックの先端をアレンの腕に押し当てて、少しづつ刺していく。
皮膚が突き破られ、ギリギリ零れない量の血が表面張力でアレンの肌の上に玉を作った。
「わかった!わかったから!」
「ほんとぉ?」
やはりアレンにとってマイは理解出来ない不気味な存在なのだと再認識する事になったが……不思議と、それはそれ、これはこれだという気持ちもアレンの中に湧きあがっていた。
まるで納得は行かないが自分がマイに護られているのは紛れもない事実で、その事には素直に感謝していた。
「ともかく、助けてくれてありがとう……マイ」
「初めて名前で呼んでくれたね、嬉しいわ……パぁパ♪」
その裏表の無い笑顔を見るとアレンは目の前の少女をどう想えば良いのか、ますますわからなくなるのだった。
・・・
その後もアレンとマイの奇妙な同棲生活はそのまま続いてしまい、もう三か月になる。
マイは相変わらず気に入らない事があったり機嫌が悪いと苛烈にアレンをいたぶったりするが、その後は必ず傷口を治療し、アレンに付けた傷をそのままにはしなかった。
驚くべき事に時間が経つにつれてアレンは痛みに慣れていって、傷も治してもらえるという事でマイに対する変な安心感や信頼感を持つようになった。
そうなると恐怖もある程度鈍化するもので、なんだかんだで上手くやっていけてしまっていた。
「ただいまー」
夕方マイが買い物から帰るとアレンが夕飯の準備をしている最中で、玉ねぎを切っている所だった。
キッチンに並べられている材料から察するに今夜はカレーだろう。
「おかえり」
玉ねぎを切っていた最中に振り返った為、アレンは少し涙目になっており、それに嗜虐心を刺激されたマイが熱っぽく言った。
「もしかして、私が居なくて寂しかった?ごめんね、パパ……♪」
そんなマイの様子にも慣れたのか、アレンは平然と聞き流した。
「いや見ての通り玉ねぎ切ってただけなんだけど……それよりルーは買ってきてくれた?」
「もー……最近のパパ、ノリが悪いわ、いけずだわ」
マイはカレーのルーをアレンに手渡すとテーブルの上に買い物袋を置いて、そのまま冷蔵庫に向かった。
「はぁ……なんだか喉が渇いちゃったわ」
マイは冷蔵庫から冷たいお茶を取り出して、それをコップに注ぐと、そのままリビングのソファへと向かって行った。
ガシャン! ドサッ!
ガラスが割れる音に驚いてアレンが振り向くと、マイが転んで倒れていた。
最初はただつまづいて転んだだけだろうと思い込んでいた為、大して心配していなかった。
そもそもマイには治癒と再生のアブノーマリティがある為、割れたガラスで怪我をするかもしれないという心配すら杞憂だ。
それでもアレンはほとんど反射的に声を掛けてしまう。
「大丈夫?」
「…………」
しかしアレンがいくら呼びかけてみても、マイは返事をしない。
不審に思ったアレンがようやく危機に気付く。
「……マイ?おいマイッ!?しっかりしろ!!」
まるで本当の父親の様にマイを心配し動揺するアレンの姿は以前の彼からは想像も出来ないものだった。




