幻想湖水伝26
不実の湖調査終了の打ち上げ会の最中、ライラは一人キッチンで作業をしていた。
そこへスティーブがやって来た。
「アメジストさんが蛤の酒蒸しおかわりだってさ~」
「うん」
スティーブは空になった食器を流しに置いてからライラの手元を覗き込む。
そこには材料の乏しい野営中とは思えない様な豪華なケーキが既に1ホール分出来上がっていた。
「……ケーキ?」
「うん、本当は生クリームを使いたかったけど……持ってきてないからバターケーキにしたの」
ケーキのてっぺんにある板チョコのプレートにはミルクソースで『ハッピーバースディ』と書いてある。
スティーブと違って綺麗な筆跡は勿論ライラのものだ。
実は心当たりはあるのだが、確信が持てなかったスティーブは敢えてライラに聞いてみた。
「……誰かの誕生なのかな?」
ライラはスティーブの気遣いを見透かした様に小さく微笑む。
「……うん、わたし」
「それは……」
ライラの両親が殺されたあの日から今まで、ライラは自分の誕生日を祝った事が無い。
それはあの日の凄惨な出来事を思い出してしまうからだ。
幼馴染のスティーブはあの日からずっとライラを見守って来た……いや、正確にはライラの大きすぎる心の問題に対して何も出来なかった。
「本当にいいんだね、ライラ?」
「…………霧に惑わされて昔の夢を見た時にね、誕生日が来る度にパパとママが殺された時の事を思い出したり、落ち込んだりするのはもう止めにしようって思ったの」
「うん」
「あの時の事は今でも忘れられないよ…………でも、でも私はもう前を向きたいの」
「ライラ……」
スティーブは言葉が出なかった。
ライラの精神的な成長を祝福したり激励したいと思う気持ちはあれど、すぐには言葉が出なかったのだ。
「毎日頑張って生きているのに、一年が経って、自分の誕生日がやって来る度に落ち込んでいたら……天国のパパとママもきっと悲しむわ」
「……………………つよく、なったんだね」
「スティーブのおかげだよ……本当にありがとう」
スティーブはそれに応える代わりにライラの背中をぽんぽんと叩いた。
「じゃ、久しぶりの誕生日だ。皆にもとびきり派手に祝ってもらおうよ!」
幻想湖水伝 おわり




