幻想湖水伝23
「……八人でジャンケンをして、一回目に七人が同時にパーを出して、私だけがグーを出して一人負け……こんなことってあります?これ絶対仕込みですよね?やり直しを要求します」
納得のいっていない様子のオニキスが、もう三度目になる不満を口にした。
完璧に公正な勝負の結果、オニキスは綺麗に一人負けを喫した。
オニキスの抗議も空しく、他のクオリア達はジャンケンをやり直すつもりは毛程もないようだ。
「大事な役目なんだから、しっかりやりなさいよオニキス!」
「ははは、運が無かったね」
「くそぅ……自分でやらなくて済むとわかった途端これですよ、大体なんで貴方達は物陰に隠れてるんですか!そんな程度の遮蔽物なんて意味ないでしょ!」
「ウダウダ言ってねーでとっととやれ!」
オニキスが背後のクオリア達に恨めしい視線を送ってみるが、誰の同情も買う事は出来なかった。
いつの間にか黄色いドカヘルを被ったサファイアが答えた。
「もしパールが怒ってたら、キケンがアブない……!」
「あーその通りですねぇ!ええ、そうでしょうとも!!」
オニキスは一旦深呼吸して気持ちを整えた。
ここで自分がゴネ続けてもしょうがないと自分自身に言い聞かせた。
「はぁ……本当に気は進みませんが、やるしかありませんか……」
巨大真珠の中にパールが居るのは確かではあるが、よくよく集中してみるとパールの反応は中心部にあるのがわかる。
これならば多少強引な方法でもパールの核を傷付ける心配はいらないだろう。
オニキスはちょうどその辺に転がっていた大きめな岩を重力操作で持ち上げると、それを真珠の真上から落下させて真珠の破壊を試みた。
一回二回と繰り返し岩をぶつけている内に衝撃で真珠の表面が剥がれ落ちはじめた。
段々と真珠に走った亀裂が大きくなっていく……そうして更に岩をぶつけている続けている内に遂に真珠がパックリと真っ二つに割れた。
「「「「おおお!!!」」」」
すっかり野次馬と化したクオリア共がそれを見て歓声を上げるが、しかし真珠とオニキスだけはそういう訳にはいかなかった。
蛤の女王の置き土産と言わんばかりに真珠の中からあふれ出してきた濃密な霧の残滓に巻き込まれてしまったのだ。
「うわっぷっぷ!」
・・・
やけにぼんやりした気分のまま、乳白色の霧の中を只々歩く。
どこから来たのかも分からず何処へ行くのかも知らないが、不思議と何も感じない。
時間の感覚が希薄なせいでどれくらい時間が経ったのか、今一つ覚えてないが、とにかくしばらく歩いていると、そのうち開けた場所に出た。
霧の中から急に日差しのある場所に出てきた為、少しの間目が眩む。
目が慣れてくると、ここが森の中にある小さい集落の中だという事がわかった。
集落荒らされており、破壊された建物の木材の断面が真新しい事から、ここが破壊されてからあまり時間が経っていないのがわかる。
いつの間にかオニキスの視線の先、集落の広場の中心に背を向けて立っているパールの姿が見えた。
それを見てオニキスはようやく自分の今の状況を思い出したのだった。
(あ、そうか……私、真珠を壊した時に噴き出た霧に巻き込まれて……それにしてもこれはなんでしょう?……幻、それとも夢……?)
オニキスが状況に戸惑っていると後ろから誰かが歩いて近づいて来る。
オニキスが振り返ると、そこに居たのはなんとオニキス自身だった。
(えっ???私???)
驚き戸惑っているオニキスを気にも留めず、歩いてきた方のオニキスはずんずんこちらに向かって歩いて来る。
歩いて来る方のオニキスには驚いている方のオニキスは見えていない様子だった。
(あ、もしかして……この『私』も幻??あーもーややこしいですね……)
オニキスがおそるおそる歩いてくる自分自身に触れてみる……と、やはりオニキスの思った通りそれは幻であり、指はすり抜けて触れることが出来なかった。
(これは……どうすればいいんでしょうか……?)
何か幻覚を見せられているのは理解できたが、オニキスにはそれの意図がまるで見当もつかなかった為、とにかく様子を見てみる事にした。
(さっきの『服を着ていない私』から察するに、多分あれは『ガレスと出会う前の私』となると、あのパールも過去のものでしょうか?)
実はオニキス、服を着るようになったのは割と最近になってからだ。
以前まではクオリアであるという特殊な体質から、服を着ないのが最も合理的だと思っていて、大体の任務は裸でこなしていたのだ。
この頃のクオリアに下される任務というのは大体が凶悪なモッドの駆除が殆どだったので、オニキスも別段不便を感じた事もなかった。
(でもやっぱり服は着た方がいいですね……急に裸のヒトが目の前に現れる事が、こんなに心臓に悪いとは思ってもみませんでした)
そうこうしている内に過去の映像であるオニキスが歩を進め、パールに近づいていく。
「オニキスか?」
パールは背を向けたまま、背後の過去オニキスに声を掛けた。
「ええ、こちらは片付きましたよ。帰還しましょう……何を見ているのですか?」
パールの横まで来たオニキスがパールの視線の先にあるものに目を向けると、それは二人のヒトの死体だった。
遺体の損壊が酷くて多少分かりにくいが一人は老人で、散弾銃を握りしめている事から何かと戦おうとした形跡がある。
しかし強い力によって一撃で頭部を破壊されており、強く握りしめているであろう散弾銃を発砲出来たかすら怪しい。
もう一人は年端もいかない少女の死体で、こちらはもっと酷い有様だった。
こちらは時間を掛けて執拗にいたぶられており、服は破かれ、露出した肌には明らかに少女のものではない酷い異臭を放つ何かの体液が付着していた。
傷は酷いが致命傷となるものが無い為、おそらく弄ばれている最中にショック死したものと思われる。
種類の多いモッドの中でヒトを使って性欲を解消しようとするのは、人間の細胞を材料にして造られた亜人種と巨人種に多く見られる特徴だ。
この周辺には巨人種『ガネーシャ』の出没が多く報告されていた。
「可哀想に、これはひどいですね……すでに私達に出来る事はありませんが、せめて埋葬だけでも……」
オニキスがそう言いかけた時、突如光剣が二人の死体に降り注ぎ、跡形もなく焼き切ってしまった。
「……パール!突然何を!?」
「……ふん、下らん。こんな無様な死体を晒した者の墓を建てるつもりか?こんなものを残しておく価値は無い」
「それでも残された人達には墓が必要になるかも……」
「知人や家族にこの死に様を伝えるのか?それこそ恥だろうが?遺された者達は無様に殺されたこの有り様を悼み続けるのか!!」
突然のパールの大声にオニキスは思わず体を強張らせた。
パールは消し去った死体に興味を失ったという風に踵を返すと、そのまま歩き始めた。
それにオニキスが歩調を合わせてついていく。
「……もしかして怒っているのですか?」
「違う、断じて違う。力を持たない弱者の癖に、こんな危険地帯に住んでいるからこうなるのは当然の結果だ……だから私が今感じているこれは軽蔑なのだ」
「……そうですか」
「力……もっと力がいる。何より生き抜く為に」
パールが羽を展開して飛び立つとオニキスがそれに続いた。




