幻想湖水伝20
エメラルドが手に纏った暴風を、まるで羽虫でも追っ払うかの様な動作で手を振って飛ばすと、人形達は抵抗らしい抵抗も出来ないまま錐もみ状態で空高く舞い上がり、受け身もまともに取れないまま水面や地面に叩きつけられて砕け散った。
「めんどくせー!なんでこんなチマチマやらなきゃいけねーんだよダボが!!全員まとめて吹っ飛ばしゃいいじゃねえか!!!」
クオリア・エメラルドはまどろっこしい作戦に相当ストレスが溜まっているらしく、自らが操る暴風の様に荒れ狂っていた。
気の弱いヒトであれば萎縮してしまいそうな剣幕だが、彼女はこれが通常運転なので見知ったヒト達は『あーまたか』程度にしか思っていない。
気性が荒いのは注意しても直らないが、意外と話は分かる方ので他のクオリア達からの評価も思ったよりも悪くない。
たまたま隣に居たターコイズも冷静そのものだ。
「……そりゃあ君、敵をあぶり出す陽動なんだから、自分達で用意した囮を自分達で台無しにするなんて愚の骨頂だろう?」
ターコイズはエメラルドとは対照的に淡々と最速最短最小限の動きで人形だけをレイピアの突きで破壊していく。
「わーってんだよ、ンなこたぁ!」
「だといいんだが……」
二人の通話にルビーが割り込んできた。
「さっきっからうっさいわよエメラルド!喚くならミュートにしてから叫びなさいよね!」
「……やり方がわかんねぇんだよ」
そこにさらにオニキスが反応した。
「……え?出発前にちゃんと使い方を教えましたよね?」
「うるせー!こういうチマチマした機械はオレに向いてねぇんだ!それより敵の正体はわかったのかよ!?」
露骨に話題を逸らしたエメラルドの問いかけにクオリア・サファイアが答えた。
「……ふぁぁ~あ、なんか貝?だって」
「……サファイア、アンタまさかサボってるんじゃないでしょうね?」
「ちゃ、ちゃんとやってるよう。今のはちょっと欠伸が出ただけ、言いがかりヨクナイ」
「泡の発生した場所を攻撃しても手応えがまるでない。敵は泳いで逃げているのか、それとも……」
「調査に関しては他の三人とスティーブさん達が頼りですね」
「これまぁだ続くのかよ……いい加減にたりぃわ」
その時、湖全体に激しい地震が発生した。
マグニチュードが優に二桁に達するであろう大地震は大地に干渉出来る能力を持つクオリア・アンバーの能力によるものであろう。
岩盤操作+空間断裂の能力を込めた強烈無比なアンバーの一撃により湖全体に大地震が巻き起こり、湖底では地下深くの岩盤が激しく隆起し、地上では津波が起こりモッド達が一斉に湖近辺から逃げ出すわの、どったんばったん大騒ぎになっていた。
「……何か進展があったみたいだね、それにしてもアンバーがこれほどまでの出力で能力を使用するとはね、珍しい」
「オレは初めて見たかも」
「みんな、引き続き気を引き締めて行きましょう!」
「長い準備運動だったわね」
「ふぁぁ~あ、早く終わらせて寝たい……」
アンバーの起こした地震とは別で、大きな地鳴りの様なものが湖底に響く。
湖面に向かって上昇してきたそれらは一つでは無く、湖全体を覆うほどの数だ。
敵の正体がいよいよ判明するという事でクオリア達は緊張感を持ってそれらに注視していた。
遂に姿を現した敵の正体は湖面を覆いつくすほど大量の、しかし一匹一匹も2メートル強はあろうかという……強いて言えば蛤に似ている貝の群れだった。
貝達はそれぞれ二枚貝をパクパクと開閉させながら大量の霧を吐き出していて、それは今まで人形やライラを狂わせた霧と特徴が一致する。
「なあ、こっからはシンプルな話だよな?」
エメラルドは猫の様に大きく背伸びをしてから晴れやかな、それでいて不敵な笑みを浮かべた。
「そうね、全部燃やして終わりだわ」
ルビーが貝の群れの中心に火球を放つと着弾地点では大量の水と一緒に貝達が一気に蒸発た事で大爆発を起こた。
蒸発を免れた個体も炭化したり、いい感じに火が通ってパックリと口を明けた状態で絶命した。
「なんか、おいしそう匂いがするね」
「じゃあ好きなだけ食べてもいいわよ?」
「こんなにたくさんは食べきれないよ……いや、案外イケるかも?」
「いや無理でしょ、どうみても」
湖面を能力で凍らせてくるくる踊るサファイアの背後には凍結した貝達で出来た巨大な氷山が聳えていた。
「そもそもだ。食べれるモノなのかね、これらは?」
小舟の上でティータイムと洒落込んでいるターコイズの周囲には水面を埋め尽くし、さらに積み上げられた感電死した貝の山があった。
「いやいやいや、流石に食べるのはやめた方が……行方不明者を食べた個体がいるかもしれませんし……」
オニキスの周囲には特に異常は見られなかった。
勿論最初から異常が無かった訳ではなく、彼女に襲い掛かってきた貝達がオニキスの重力操作能力で空間と一緒に圧縮されて消滅してしまっただけだ。
「いえ、この貝も当然新種ですし、可食部が存在するかというのは学術的、商業的にも欲しいデータではあるんですが……それに解剖して胃袋を取り除けば誤ってヒトを食べる心配もありませんよ?」
クオリア達の会話にスティーブが混じってきた。
「いえ、あの、そういう問題でなく……もっとこう、気持ち的に嫌というか……」
「え?そうですか?でも植物にだって肥料をやって育てたりしますから、そうなると植物も間接的に動物の糞尿を食べている事になっちゃいますよね?」
「えぇ、まあ、その通りなんですけど……ハハ」
「ヒャハハ!!学者先生ってえのは存外ファンキーなんだなあ?面白れぇ!じゃ、人形共に食用に何匹か拠点まで運ばせるわ!」
「あ、それよりも皆さん、気になる事があって……」
スティーブの発言にクオリア達が静かになった。
「先ずこの貝ですが、なにぶん新種なもので一切何もわからない状態です。なので今私達はアメジストさんにお願いして現地で倒した個体の簡単に解剖したのを画像で見る事しか出来ていない状態なんです、が……この貝達、オスしかいないんですよ」
「つまりどーゆーこと???」
アクアマリンが水流を操作して貝達を湖面へと巻き上げなら聞いた。
「この貝達の群れは特殊な習性を持っている可能性が極めて高いです、例えば蟻や蜂のような……」
スティーブが何かを言いかけた時、唐突に湖全体を揺るがす様な地鳴りが始まった。
「……この地鳴りは僕の能力じゃないよ、皆気を付けてくれ……スティーブ先生の話から推測するに、この貝の群れのリーダーはメスの可能性が高い」




