幻想湖水伝19
オニキスが人形達の暴走を発見したのを皮切りに、湖の各地に居るクオリア達からも続々と暴走人形の報告が届いた。
だがしかしキャンプにいるアメジストに焦りの色は無い。
「よぉーし、思った通り敵が動いたか!じゃ野郎共、作戦通りで頼むぜ!!」
アメジストのいう作戦というのはつまり陽動作戦だ。
陽動として湖全域に人形達を配置して、敢えて敵が制御を『奪いやすい様に』雑に動かしていた。
用意周到なアメジストは湖に到着した日から既に行動を始めていた。
自分の身体の一部を削って人形の生産拠点を作り出し、それを湖の沿岸部に囲むように配置、比喩では無く文字通りの意味で湖を覆う程大量の人形を動員し続け、暴走した人形の居る位置や状況から犯人をあぶり出す。
現時点で三十万体程の人形達がいつでも稼働可能な状態で待機しており、しかしこれでもまだアメジストは余力を残している。
勿論危険が伴う作戦内容ではあるがそれは普通の話だ。
暴走しただけの人形なぞクオリア達にとっては物の数では無い。
しかし敵も然るもので、クオリア達に人形を破壊されると次から次へと新しい人形を暴走させて戦線を維持している。
アメジストも更に人形を増産、投入しているが、驚くべき事に敵とクオリア達は拮抗状態にあった。
いや、アメジストが拮抗状態に『して』いるのだ。
拮抗状態であるならば敵は力を使い続けなければならず、だがこの規模で力を使い続ければ自ずと居場所がバレてしまうという作戦だ。
「まさかここまでの相手とはナァ~……だが拮抗状態を作り出しす事には成功したか……かぁ~!大した手順でもねえがめんどくせぇなぁ~!」
アメジストは通信端末の通話先をアクアマリンへと切り替えた。
アクアマリンは現在、水上での掃討戦には参加せずアンバーを伴って湖の水中と湖底の探索中だった。
アクアマリンの水を操る能力を使い、本来水中での活動に適さないアンバーを水圧から護り、アンバーはアクアマリンが持てない荷物と巨大な照明をバックパックにして運搬し、薄暗い湖底を照らしなが歩いている。
オニキスの話では湖面の泡から霧が発生したと言っていた……ならば敵は水中か湖底にいる筈だ。
「後はおめぇらが敵を発見すれば作戦は成功だぁ……上手くやれよォ、俺様はそろそろ寝るわ」
「いけないんだー!皆頑張ってるのに一人だけサボってー!」
「…………」
「……ちぇっ、通話切れちゃったよ」
「ははは、アメジストらしいね」
「笑い事じゃないよ、もー!帰ったらとっちめてやる!」
「多分何度とっちめても懲りないんだろうねぇ……」
「わかってるけど!それでもやるもん!」
「元気だなぁ……でもその前にちゃんと敵は見つけておこう」
「……そうだね、でも敵って何処にいる何なんだろ???」
「それは僕も分からないけど……今回のはヒトじゃなさそうだ」
二人は捜索範囲を湖底に絞ってしばらくの間探索を続けるも、一向に成果が得られない。
泡を見つけてもすぐに消えてしまう。
「何も見つかんない~……退屈ぅ~!アンバーは何か見つけた~?」
「…………」
「ね~!聞いてるアンバー???」
「あ、うん。ちょっと気になる事があってね……」
「気になる事?」
アクアマリンは退屈からか、それとも話に興味あるのか、すいすいと泳いでアンバーの傍に寄ってきた。
「こんなに大きい湖ならさ、普通はアリゲーターシャークとかの数十メートル級の捕食者が生息している筈なんだけど」
「うん、セータイケーってヤツだね」
「……でもこの湖には全然居ないよね?そういう大きい捕食者がさ」
「そいえばそうだね、全然見かけないよね」
「つまり……」
アンバーが何か言いかけた時、再び通信が入ったので二人は話を中断して通話に応じた。
「もしもし?どしたのー?」
「あ、アクアマリンさん達ですか?」
二人に通信をしてきたのはスティーブだった。
声色から少し慌てているのが伺えた。
「せんせー?どしたの?」
「敵の正体はわかりましたか?」
「それがぜーんぜん!水の中には何もいないよ~!」
「……実はそれなんです。僕はクオリアの皆さんにお願いして、この湖の生態調査をしてるんですけど……湖のプランクトンの比率が少しおかしいんです」
専門家ではないアンバーとアクアマリンはピンと来ない。
「……つまりどういう事だい?」
「プランクトンは水生生物の幼生なんかも含まれまして、成長するまで種類の判別できないものも沢山いるのですが……この湖のプランクトンはほとんど未確認の貝の幼生が多すぎるんですよ」
「しらすっておいしいよねぇ~」
アクアマリンは相変わらず理解出来ていない様子だったが、アンバーはハッとした顔になった。
普通はプランクトンが多ければ、それを食べる小魚、さらに小魚と食べる魚がいる筈で、それが通常の生態系だ。
だがこの湖は魚が少なく、特に大型のものは居ない。
「この湖は貝が生態系の頂点に君臨していると?」
「ええ、まさにその通りだと思われます。そしてその頂点捕食者こそが霧の発生源である可能性が極めて高いです」
「先生、一応確認したいのですが……その貝は普段どこに棲んでいるでしょう?」
「貝と一口にいっても種類が様々ですが……湖底、海底に生息するものが多いですね」
「わかりました、湖底を重点的に調査してみます」
通話が終わると、アンバーは照明器具と荷物一式を下ろして肩をグルグルと回して柔軟運動を始めた。
「……アクアマリン、ちょっと荷物が壊れない様に護っててくれるかい?少し本気を出すから」
「おっけー」
柔軟体操を終えると、アンバーは目を閉じて集中した。
「グラウンドォォォ……アンバァァァァ!!!」
アンバーの拳が地面に叩きつけられると不実の湖全域の湖底が激しく一斉に隆起した。
遂に地面に潜んでいた霧の発生源が姿を現した。




