幻想湖水伝8
「とりあえず三千体程、用意したぜ」
不実の湖到着から一晩明けた翌朝、アメジストが自身の能力『増殖』で造り出した兵隊達がキャンプの周囲をぐるりと取り囲む様に整列していた。
クオリア達は当然アメジストの能力は知っていたので特に驚いた様子はなかったが、初見のスティーブとライラは大層驚いていた。
「話には聞いていましたが……こうして目の当たりにすると壮観ですね」
「足りなかったら言ってくれ、適当に足すからよ」
「ちょっと質問なんですが……この、えーと、人形でいいのかな?」
「ああ、好きな様に呼んでくれていい」
「それで、この人形達は一体どんな事が出来るんですか?」
「あー?そうだな……ヒトが出来る作業なら大体出来るぜ?だが制御してる俺がコンピューターじゃねえから精密作業とか、創造力が必要な作業、あとは専門知識が必要な作業も無理だな」
「なるほど……それでも十分凄いですよ、常識を超えてます」
アメジストとスティーブが話している所にエメラルドが茶々を入れる。
「ハハハ!そりゃ本体がバカだからな!!」
「あ?風しか起こせねえ無能は黙っとけや、脳筋青汁メス野郎がよ」
「あ???」
「お???」
一触即発のアメジストとエメラルドの間にアンバーは割って入った。
クオリアの中でもガラの悪い二人がこうなる事は特に珍しくも無いのか、他のクオリア達は大して興味無さそうにしていた。
「その辺にしときなよ二人共、そんなことをする為にここに来た訳じゃないだろう?」
優しい筋肉に絆されると、二人はおとなしくなった。
アンバーはクオリアの中では一番人間が出来ていて包容力もある為、自然とクオリア同士の揉め事の仲裁を担当する事が多い。
しかも実はクオリアの中で一番強い。
「スティーブ君、僕達は調査に関しては素人なんだ、指示の方はよろしくお願いするよ」
「あはは……まあ、やるだけやってみます」
そんなこんなで始まったクオリア達による不実の湖の調査、そして行方不明のクオリア・パールと消えた調査隊員達の捜索。
それは調査という名目ではあったが、現地で平和に暮らしていた生物達からすれば、大規模な災害と言って差し支えないものだった。
サファイアが氷で作り出した大量の船にアメジストが作り出した人形達を乗せ、船をアクアマリンの能力で移動させる。
エメラルドの風が霧を吹き飛ばし、残りは陸地の調査やモッドの討伐。
北海道程の面積がある広大な湖の調査と言えど、開始から僅か一日で湖の約三分の一の調査が終わってしまった。
これ程大規模な調査でも初日でパールを見つける事は出来なかった。
今日の調査を終えたクオリア達はキャンプへと引き上げる。
「パールのヤツ、ほんとにここに居るのか?」
「リキッド・クリスタルはこれ以上絞り込めないって言ってたけど……」
「まあ、まだ初日だ。もう少し続けてみましょう」
日が暮れて暗くなってきたという辺りで一日目は何の収獲も無いまま終了になった。
既に夕飯等も済ませたクオリア達は夜の自由時間を過ごしていた。
クオリア達は研究所が解散してからというもの、それぞれがセカイ中でバラバラに暮らしている為、皆で集まるのは久しぶりだ。
そういう理由もあって多少の遠足気分も手伝ってやはり皆少し浮かれており、夜も遅いというの一人また一人とオニキスの居るコテージへとやってきた。
今ここに居るのはオニキス、ルビー、サファイア、エメラルド、アクアマリンの五人……いわゆる女子会というやつだ。
「あのー……それでなんで皆して私の部屋へ?」
「いいじゃんいいじゃん!久しぶりに集まったんだからもっと皆でお話しようよー!」
「……別に、久しぶりだし、ちょっと顔を見に来ただけよ」
「オイオイオイオイ……寝るにはまだ早えーだろーが!」
「……皆で夜更かし、きっとたのしい」
「どれも私の質問の答えになってないんですが……まあ、いいですけど」
せっかくだし強く追い返す気も起きなかったオニキスは、苦笑いしながらも彼女らを受け入れる事にした。
本当になんとなく集まったみたいで、皆それぞれ特に何をするでもなくダラダラとおしゃべりをして過ごしていた。
その内ルビーはシャワーを浴びに一時退出し、アクアマリンとサファイアはどこからともなくジュースやお菓子を持ってきたり、途中でラウラがやってきて焼きたての手作りスポンジケーキを差し入れに置いてったりすると、皆ますます自分の部屋に戻る理由を無くしていった。
その内シャワーを浴び終えたルビーがアイスをガジガジしながら部屋に帰ってきた。
ルビーはしばらくは話にも加わらず無言だったが、アイスを食べ終わってから話を切り出した。
「ちょっと聞きたいんだけど、アンタ達は……パールに会ったらどうするつもりなの?」
ルビーの問いかけに和やかだった場の空気が凍った。
流石に皆なんと言おうか考えてコテージ内に沈黙が流れる。
「……アタシは正直、アイツにまた会って、なんて言ったら良いのかわからないわ」
いつもハッキリした態度のルビーが珍しく表情や言葉を曇らせた。
「私は……出来るかわからないけど、パールと仲直りしたいな」
そういうアクアマリンの顔は真剣そのものだった。
「わかりやすく敵対してくれりゃ楽なんだがな……そうすりゃまた戦って倒すだけだし。だがもしそうじゃなかったら……俺にもどうしたらいいのかわからねえ」
エメラルドの乱暴な意見にも今は反論するものは居ない。
戦うとわかっていれば、そのつもりで臨むだけで確かにその方が気持ち的には楽だ。
「……ちゃんとお話しよう」
サファイアが静かに、しかし強い決意を持った声で言った。
皆無言だったが、それで多少場の空気が和らいだ。
「そうですね、サファイアの言う通り……パールの話をちゃんと聞いて、きちんと皆で話し合いましょう」
「ま、そうだな!結局やり合う事になっても、ちゃんと納得してからだ!」
「……そうね、まずは話し合いよね、当たり前だわ」
「仲直りできるといいな!」
「……でも私、あまり話すのうまくないから……みんなに任せて良い?」
「えぇ……言い出しっぺなんだからサファイアも頑張って下さいよ?」
「……うん、頑張るよ」
「よっしゃ、ハラも決まったし英気を養おうぜ」
エメラルドがキャスターからゲーム機を取り出した。
「ちょっとエメラルド!明日も早いんだから早く寝ないと……」
「あっそ、じゃルビーだけ寝ればいいじゃねーか?俺達はこれから皆でゲームするから」
エメラルドはルビーの言葉を気にも留めず、もう既にゲームを始めるつもりらしい。
しかしルビーはそれがなんか一方的に仲間外れにされたみたいでカチンと来た。
「は???」
「丁度四人だしネズミーカートやろうぜ!」
「……やっぱり私もやるわ!ボッコボコにしてやるから!」
「あぁん?やれんのかテメエによ??」
「あの……時間も時間ですから、なるべく静かにお願いしますね……」
結局この後、朝方皆がぐでんぐでんになって寝落ちするまでゲームは続いた。