星のクオリア76
オニキスが空に飛んで行った後、ガレスはその場にテントを設営してオニキスの帰りを待っていた。
野営は本能的にヒトや人工物を嫌うモッドを刺激して襲われやすくなる危険があるのだが、ガレス自身がそうしたかったので今回だけは無理を承知で敢行する事にした。
野営をせざるを得ない場合は襲撃される危険を下げる為、テントを土や草などの自然物で覆う事でヒトの匂いを誤魔化す。
他にもモッドの嫌う電磁波を発生させる装置やお香なんかを併せて使うのが良いだろう。
一人で黙々と作業を続ける内にガレスはふと思った。
(そういえば、一人で過ごす夜も久しぶりだな……)
見晴らしの良い草原の中にたった一人、一人用の安物のテント。
焚き火にかけられたケトルの蒸気、紙のフィルターでドリップしたコーヒー。
それを啜りながら本を読んだり、ラジオを聴いたりして時間を時間を過ごす内にすっかり日が落ちて暗くなってきた。
幸運な事に今の所周囲にモッドの気配は感じない。
(静かだな……)
以前は当たり前だった静寂が、今夜は随分懐かしいものの様に感じる。
空を見上げると満天の星空が視界一杯に広がっている。
この星空の何処かにオニキスはいるのだろうか?
(上手くやれよ、オニキス……)
・・・
静かな、そして不思議な気分だった。
ヒトは通常、自分がどんな気持ちで生まれて来たのか覚えていない。
今、急激に再生する自分のカラダを抱えながら地上に落下するのは、まるで産まれ直している様な気分だとオニキスはぼんやりと感じていた。
(終わった……)
任務を達成しパールを倒したという達成感と、疲労から来る精神的空白と開放感。
(ひょっとしたら、生まれた瞬間の赤子というのは、こんな気分なのかもしれませんね)
身体がようやく頭部から肩まで再生出来たので、オニキスは首を動かして自分が落ちていく地上を眺めた。
(……帰ったら先ず何をしましょうか?)
ようやく回り始めた頭で今後を考えると、真っ先にガレスの事を思いついた。
今回の旅では自分でも恥ずかしくなる程、オニキスは彼にお世話になりっぱなしだった。
(最初にガレスに『ありがとう』と伝えたい……かな?)
多分彼は私の任務が終わった事を共に喜んでくれるだろう。
そうしたら二人で一緒にささやかなお祝いをするのも良いかも知れない……なんて考えている内に次第に身体が大気との摩擦熱で熱を帯び始めた。
本来なら隕石を削って燃やし尽くす大気圏突入の熱も、今はただ柔らかな日差しみたいにオニキスの身体を優しく包むだけだ。
地表に近づくにつれオニキスの身体の修復も完了していくと、オニキスは発声練習をする様に恐る恐る口を動かしてみた。
「ただいま……」
沈む寸前の太陽の夕陽が側面からオニキスの全身を照らすと、それがたまらなく眩しくて思わず目を細める。
地上は目前、そろそろ着地の準備をしなければならない距離だ。
この速度ならば街に落ちると周囲の迷惑になってしまうので、ガレスと別れた草原に向かう事にした。
あそこならば周囲に何もなく着地の衝撃で誰かに迷惑を掛ける事もない。
(!!!)
いよいよ草原が近づいて来た時、オニキスは草原に立っているガレスの姿を見つけた。
頭で何かを考える前に、身体が引き寄せられる様に逢いたかったヒトの下へと向かう。
「オニキス……ってオイ!ぶつかる!ぶつかる!」
「ガレスッ!!!」
落下の勢いをそのままにオニキスはそのままガレスに突っ込んだ。
オニキスが地上へと帰還を果たした瞬間、二人を中心に強烈な衝撃波が発生して周囲の草を豪快に薙ぎ倒し、地面に直径百メートル程の大きく浅いクレーターを作った。
その中心では仰向けに倒れたガレスの上にオニキスが馬乗りの状態になっていた。
「……」
オニキスは『ただいま』と言おうとしたが、その言葉を飲みこんだ。
(違う、私が彼に伝えたいのはその言葉じゃない……)
オニキスは自分の今の気持ちをガレスへ伝える決心をした。
「……貴方が好きです」
そして大気圏突入の熱が冷めやらぬ両手でガレスの顔に触れると、そのまま引き寄せて唇を重ねた。
自分の中の熱を相手に伝える様な、熱く、長い口づけだった……一体どれ程の間そうしていただろうか?
唇が離れた時、ガレスが最初に口を開いた。
「あーあ、先に言われちまったな……俺もお前が好きだ。おかえり、オニキス」
「ただいま!」
草原を照らす星空が静かに二人を祝福していた。
星のクオリア おわり