星のクオリア68
パールと対峙したオニキスは彼我の圧倒的な戦力差に絶望的状況に立たされていたが、まだ希望が完全に潰えた訳ではなかった。
それはオニキスとパールが『完全にお互いの能力を把握しきれていない』という点だ。
パールはオニキスが重力を操る力を持っている事や、それをどのようにして戦いに利用しているかはある程度知っているが、普段からオニキスが攻撃よりも自身の能力の制御の方により多くの力を割いている事をパールは知らない。
(秘密にしてた、というより単に聞かれなかったから言わなかっただけですが……)
オニキスが普段から自身の能力を制限している理由、それは自身の能力がもたらす絶対的な破壊に自分自身や周囲のヒト、動植物、地形が巻き込まれない様にする為だ。
しかしこの熱圏には何も無い。
能力を制御無しで使用するにはうってつけだ。
力に溺れ油断しきっている今のパールなら……あるいは奇襲が成功するかもしれない。
しかしチャンスは一度きりだ。パールに本腰を入れられたら、文字通り勝ち目はゼロとなるだろう。
「ここなら……!!」
勿論オニキス自身も力の制御を少しでも間違えば、自身の能力で粉々になってしまうだろう。
分の悪い賭けだが、今はこれしかないとオニキスは考えていた。
能力の全力発動の為に集中力を高めて、トリガーとなる言葉を叫ぶ。
「グラビティ・オニキス!!!」
オニキスが能力を使用すると、その瞬間にオニキスの下半身が砕け散った。
抑制無しの能力の全開発動。
オニキスは自身を中心にして強力な重力場を発生させたが、それはいつもの丸い球状ではなく、ぐにゃぐにゃと蠢き常に形を変え続けるという歪で不安定なものだった。
力が強すぎて制御出来ないのだ。
その不安定な塊を全身に纏ったままで、オニキスはパールに向かって突撃した。
「見た事の無い力だ……それがお前の本気か?面白い!!」
パールの雷光剣がオニキスに殺到するが重力場に触れた瞬間、雷光剣はぐにゃりと捩じれて直進出来ず弾かれてしまう。
ならばとパールは周囲に何万本と展開していた雷光剣を雨の様にオニキスへと浴びせるが、オニキスの許へはただの一本も届かない。
そうこうしている内に破壊の化身となったオニキスがパールの眼前まで迫っていた。
しかしパールは余裕を崩す事は無く、オーロラに似た光のカーテン型の障壁を展開するとオニキスの突進を受けた。
パールの余裕はどう見ても慢心にしか見えない。
「フフフ……どこまでやれるか見物だな!」
「はああああああああッッ!!」
衝突した重力塊と光の壁……拮抗状態は一分ほど続いた。
しかしオニキスの捨て身の突撃もパールの光の壁を突破する事が出来なかった、それどころか先にオニキスの限界が来てしまった。
重力場は霧散してしまい、徐々に削れていたオニキスの身体も既に右腕と頭部しか残っていなかった。
攻撃が終わったと見たパールは悠々と光の壁を解除した。
「今の攻撃はなかなかだった……だがこれで終わりだな、オニキス」
パールが大上段から高らかに自身の勝利を宣言する。
そして身体も碌に残っていないオニキスが落下してゆくのを見下ろしていた。
「…………」
オニキスは力を使い果たしたフリをしてしばらく自由落下していた。
そしてパールがオニキスから興味を失って視線を外す瞬間を待っていた。
(お願い、届いて!!)
オニキスが最後の最後に残った右腕を動かしてロケットパンチの要領で高速で射出した。
狙いはパールへの攻撃ではなく、ターコイズの核の救出。
「小癪なッ!」
奇襲は成功しオニキスの右手がパールの胸元からターコイズの核をもぎ取った。
しかしここまでやってもパールは無傷だった。
オニキスは今度こそ本当に全ての力を使い果たしてしまい、もう地球の重力に引かれるままに落下していく自分自身を止める力すら残っていなかった。
(終わった……)
任務を遂行出来なかったのは心残りだったが、自分に出来る事を全部やりつくたからか、不思議と悔しさは感じなかった。
オニキスが目を閉じようとした時、オニキスに語りかける声があった。
「おいおい……まだ何も終わっちゃいないだろ、反撃しようオニキス!パールを止められるのは僕達だけだ!」
声の主は先程救出したターコイズの核だった。
助ける事に精一杯でオニキスはターコイズの事をすっかり忘れていた。
「あ、ターコイズ……よかった、無事でしたか……しかし今の私にはもう力が残っていません」
「オニキス……君は確かクオリアの核を封印してたよね?」
「えぇ……一時的に宝石箱に封印して、任務が終われば解放するつもりでした」
「それだよ!」
「……どういう意味です?」
「多少不本意だが……パールと同じ様に僕達の核を取り込めばいい!」
「しかしそれは……」
まるで兄弟を食らうようで、オニキスはどうにもその行為に対する抵抗を感じていた。
いまいち煮え切らない態度のオニキスにターコイズが発破をかける。
「こんな言い方をするのは卑怯だと思うし僕としては好ましくないんだけど……君がメタトロンを持ち出した事が切欠でパールはああなってしまったし、僕もパールに取り込まれて酷い目にあった……君にはあのパールをなんとかする責任がある」
「そのように言われると、何も言い返せませんが……」
「宝石箱はどこだい?」
「私のイヤリングの中に……」
ターコイズがイヤリングに電流を流してキャスターを起動させると、キャスター内部に収納されていた宝石箱が出てきた。
宝石箱の蓋が開くと核だけの状態になって封じ込められていた色とりどりのクオリア(兄弟達)が解放されて一斉に飛び出して来た。