星のクオリア67
パールが鷹揚にゆったりと両手を広げると、対峙する二人を取り囲む様に雷を帯びた光の剣が現れた。
「……電撃を帯びた光剣??」
オニキスはこの違和感にすぐさま気が付いた。
クオリアシリーズは皆『複数の能力を持たない』オニキスならば重力操作、パールならば光の操作。
雷光という言葉があるが、発光と発電は別の力であり、パールは発電の能力を持っていない。
それはクオリア・ターコイズの能力だ。
それにこの力を見せびらかすかの様な大量展開……以前のパールならば身体の何割かを犠牲にしなければ不可能だった。
しかし今のパールは涼しげな顔で悠々とそれを行い、力の過剰使用による身体を欠損も全く無い。
自身の手に入れた圧倒的な力に酔いしれているのか、その表情は優越感で酷く歪んでいた。
「これを見てもまだ分からんか、察しの悪い奴だ」
「……一体どういうことですか?」
オニキスの知るクオリア・パールの能力は光を操る能力で、この前の新月街での戦いではパールの力はオニキスの認識通りの能力だった。
「!! もしやこの場にターコイズも来ているのですか!?」
「……………………っぷ!」
暫しの沈黙の後、パールは盛大に吹き出した。
「アッハハハハハハハハハハハハハ!!!!!そうか、そうか!!どうやらまだわからんらしい!!!!」
初めて大笑いしたパールを見たオニキスは驚きの余り目を丸くした。
「確かにお前の言う通り、ターコイズはこの場所に居る」
「姿が見えませんが……隠れているのですか?」
「……いいだろう、そんなに気になるなら会わせてやろう」
「??」
そう言うとパールは自分の体内に取り込んでいたターコイズの核を自身の胸元に浮かび上がらせた。
「…………っ!」
「……どうしたんだ?顔が青いぞクオリア・オニキス?」
流石にそれを見たオニキスも理解した様子で、しかし想像を絶する事態に言葉が出てこず、少しの間絶句していた。
「狂ってる…………」
「そうだッ!先程のメタトロンと同じ様にターコイズの核も我が身に取り込み、力を吸収した!」
オニキスはパールが理解出来なかった。
一体何が彼女を凶行に駆り立てたのか?以前からクオリア同士で意見の違いから衝突する事は度々あった。
それがエスカレートして、争いで体が欠損する事はあっても、倒した相手の核を自分の身体に取り込むなんて……それではまるで共食いではないか。
少なくともオニキスはそんな事を発想すらした事がなかった。
クオリアの核は言わば心臓、他人のそれを奪い、ましてや自身に取り込むなんて。
「狂っているだと??笑わせる!!正常なだけの弱者に一体何の価値がある!!!」
圧倒的な力の差を目の当たりにしたオニキスだったが、その瞳からは既に怖気は消えていた。
それよりもパールを止めなければという使命感が燃え上がっている。
「私の全てで貴方を止めます!」
「フフフ、いいぞ、やってみるといい……」
パールが指を軽く曲げると、オニキスの左側面にある雷光剣の列から数百本が次々とオニキス目掛けて殺到した。
オニキスは飛来する雷光剣の嵐の中を最小限の動きで回避迎撃しながら前進、パールに向かって重力球を数発撃ち出して牽制する。
重力球は小さいブラックホールの様なもので、対象の防御力を無視して周囲の空間毎圧壊させるという必殺の威力を持っている……にも関わらずパールはそれを避けようともしない。
「もらった!!!」
重力球が当たる……オニキスがそう確信した時、パールが羽虫でも払うかの様に左手を軽く振るうと、重力球が眩い光に飲まれて消えた。
「えっ!?」
オニキスが狼狽える暇も無く、今度はパールの姿が掻き消えたかと思えば、緑色の雷光と共にあっさりとオニキスの背後を取った。
それに気が付くのが遅れたオニキスは隙だらけだったが別段パールは何もせず、オニキスが慌てて距離を取るのをただ傍観していた。
「今のはターコイズの力だ、お前も見た事くらいはあるだろう?」
「同じクオリアの兄弟を食らっておいて!なぜそうも平然としていられるのですか!?」
オニキスの糾弾をパールは蝿の交尾でも眺める様な、心底下らないといった顔で聞き流していた。
「違うな……同じクオリアだからこそだ。我らクオリアは蜘蛛の母子と同じ、共に食い合うのが自然な在り方なのだと、ターコイズをこの身に取り込んだ時、私は悟った」
「そんな……く、狂ってる……貴方は狂っている!!」
「ほう……だからどうした?無力なお前は私に一体何が出来る?」
私達クオリアはヒトの兄弟の様に協力しあって生きるものだと、そう信じてきたオニキスはショックのあまりパールの考えを拒絶する事でしか自分を保てなかった。
事実これまで戦ってきた他のクオリア達も、敵対こそしていてもオニキスの身を案じていたではないか。
ショックで呆然としていたオニキスの後方から雷光剣が飛来し、オニキスの右足の膝から下を斬り飛ばした。
「……しまった!!」
オニキスは切り落とされた自分の足が地球に吸い込まれて落ちていくのを見ている事しか出来なかった。
そして既に次の攻撃が目前にに迫っていたので、回避行動を取らざるを得なかった。
「ハハハ!そんなにショックだったかな?動きが鈍くなっているぞ?心すら脆いな、お前は」
オニキスにとって不幸中の幸いだったのはクオリア・パールが絶対的な力の優位に酔いしれていて、オニキスをいたぶって遊ぶつもりだった事だ。
状況は相変わらず最悪だが、そのおかげでオニキスにも少し考える時間が出来た。
集中し、混乱する心を無理矢理抑えつけてオニキスは思考する。
(落ち着いて考えないと……私が今やるべき事はパールの暴走を止める事、メタトロンの奪還、そして何よりもターコイズの救出!!)
いずれ目的を達成しようとすればパールとの戦闘は絶対に避けられず、そして今のオニキスとパールでは力の差がありすぎる。
パールは現在その場から全く動かずにオニキスを攻撃しているが、明らかに手加減されている攻撃ですらオニキスは凌ぐ事で精一杯だ。
それにパールに本気で動かれれば勝負は一瞬で終わってしまうだろう……チャンスがあるとすれば、パールが油断して遊んでいる今しかない。
(なんとかしてターコイズを助けなれば……)
しかし無情にも力の差は明らかで、このまま戦えば確実に何も出来ないまま嬲り殺されて負けるだろう。