星のクオリア66
地上から飛び立ったオニキスはどんどん高度を上げてゆく。
成層圏と中間圏を超えて遂にその上……地表からおよそ100キロ。
オニキスは遂に旅の最終目的地、モスクワ上空の熱圏に到達した。
「……着きましたよ、メタトロン」
オニキスが呟く様にメタトロンに声を掛けてから、自分の胸に手を当てた。
するとオニキスの胸の中から正四角錐形の白い石がスルリと現れた。
これこそが契約の石『メタトロン』クオリア達の親であり、同時に大厄災『償いの日』を起こしたゲヘナ達の原材料でもある。
まるで別れの挨拶をする様にメタトロンは数回瞬くと、宇宙に吸い込まれる様にして更に高度を上げていく。
その先にあるのは外気圏……さらにその上には無限に広がる宇宙空間がある。
地上から高度100キロの位置にある熱圏からですら見上げる位置に黒色彗星はある。
この宇宙でメタトロンだけが知っている黒色彗星の名前は『サンダルフォン』メタトロンの弟にあたる存在だ。
「戦斗起動……」
オニキスとメタトロンしか存在しない筈の熱圏に突如として何者かの声が響いた。
オニキスが気付いた時にはもう遅く、恐るべき速度で地上から昇り来る白い稲妻はオニキスから離れたメタトロンに向かって行き、そしてメタトロンをガッチリと右手で掴み取った。
「ククク、随分と久しい……気がするなぁ、クオリア・オニキス?」
地上から飛来しメタトロンを掴んだ白い稲妻の正体は、以前新月街で戦ったクオリア・パールだった。
まさかこんな所で仕掛けて来るとは思っておらず、オニキスは虚を突かれた形となった。
「パール!?何故ここに!?」
「ハハハハハハッ!手に入れたぞッ!遂にッ!もっと早くにこうするべきだった……私こそがこの力を手にするべき、選ばれた存在だったのだッ!」
「何を……一体何を言ってるのですかパール……!?」
オニキスはここで初めてパールの様子がおかしい事に気が付いた。
声は聞こえている筈なのに、話を聞いていないというか通じない。
新月街の戦闘の後、パールが同じクオリアであるターコイズを裏切り、その核を自らの身体に取り込んで力を増幅させた事を知っていれば、オニキスにもパールの今の目的が想像出来たかも知れないが、今のオニキスにそんな事を知りようが無い。
「ヒト……クオリア……今、私は総てを超えた存在となるッ!!!」
パールの腹部に亀裂が入り、まるで牙の生え揃った獣の口の様に大きく開くと、そのままメタトロンをその中に呑み込んだ。
「なっ……!?」
メタトロンを取り込んだパールの体が眩い光に包まれる。
「一体何が起こっているんです!?」
メタトロンを取り込んだパールの全身から発生していた激しい光が収まると、パールの姿は様変わりしていた。
溢れ出る自らの力で生成した6枚の光の羽を背中から生やしており、心臓の位置に吸収合体したメタトロンが見える。
パールは満ち足りた穏やかな表情で微笑んでおり、そしてその陶酔のまま呟く。
「すばらしい、これが真なる力……まるで生まれ変わった気分だ……」
未だ状況が飲み込めていないオニキスがパールに問いかけた。
「パール……貴方一体、何を……?」
声に反応したパールがようやくオニキスに目を向けた。
その目は兄弟であるはずのオニキスですら既に見下しており、虫けらでも眺めるような冷たさと絶対者の優越感を隠そうともしていない。
「見てなかったのか?メタトロンを体内に取り込み、私の一部とした。私は今、究極の力へと到達したのだ……フフフ……!」
「一体何を笑っているのですか……?」
「フフフ……弱い、弱いこのセカイの全てが哀れで滑稽で……笑いを堪えきれない」
挑発されたオニキスだったが、今のパールには怒りよりも得体の知れない不気味さを強く感じる。
オニキスが知るパールという人物は仏頂面で気位が高い、いつも張り詰めている性格という印象だった。
そんなヒトが突然こんな風にニヤニヤ笑っているなんて……その不可解な豹変ぶりが怖かった。
「……メタトロンを返してください」
オニキスは混乱する頭でなんとかそれだけ声に出した。
メタトロンを宇宙に返さなければオニキスの任務が終わる事はない。
笑いを嚙み殺した歪な表情でパールは言う。
「そうだ……的になってくれないかクオリア・オニキス?この力を試してみたい……」
熱圏で対峙する二人の間に緊張感が高まった。