星のクオリア65
旧人類文明が世界大戦の末に招いた大厄災、通称『償いの日』
その日を境に、ユーラシア大陸は物理的に粉々になって現在はネオパンゲア大陸の周囲に散らばった群島がその名残を残している。
それまであった地球の陸地は大きく変化し、地図が使えなくなった終戦直後の混沌期に、ヒトビトがそれぞれの土地に定住する際に目印にしたのは旧世代のランドマーク達だった。
戦後新たにモスクワと呼ばれる様になった熱帯気候の港町には、旧世界のクレムリン宮殿が存在している。
かつてロシアと呼ばれていた国は、冬に海面が凍結しない港を求めて南下を繰り返したという。
皮肉な事に、その願いは国が無くなってから叶った形になった。
・・・
予約していたホテルへとチェックインを済ませたガレスとオニキスは椅子に座って一息つくと、軽く汗を拭いた。
「ふぅ~!初めて来たが暑いな~モスクワは……とにかく無事目的地に着いたのはめでたいんだが、ここで一体何をすればオニキスの旅は終わりになるんだ?」
流石にここまで来て何も教えていない事に罪悪感が湧いたのか、うーんと唸った後にオニキスは口を開いた。
「うーん……貴方になら話してもいいかも知れませんね」
「詮索するつもりは無いんだが……区切りというか、ちゃんと最後まで見届けたいって気持ちがあってさ」
「わかっていますよ。私の目的は今私が持っている隕石『メタトロン』を宇宙へ返す事です」
「わざわざ宇宙に?一体なんでまたそんな事を?」
「メタトロンは私達の親となった無限のエネルギーを内包した隕石で……その力は今も増幅し続けているのです」
「ふむ……」
オニキスの話を要約すると、エネルギーが増幅し続けるメタトロンは近い将来暴走する危険があるらしい。
しかしマテリアル研究所はメタトロンの研究機関であり、オニキス達クオリアシリーズもその成果物。
そんな無限の利益と力[※戦闘力や権力も含む]を齎すとびっきりの研究材料を研究所は「はいそうですか」と手放せなかった。
その危険性を重く見たマテリアル研究所の所長、マーカス・ストーンランド博士がメタトロンを宇宙に帰す極秘任務をオニキスへ託した。
「……なんか話のスケールがデカすぎてイマイチ実感が持てない話だなぁ」
「明後日に最も地球に接近する『黒色彗星』……その軌道上にメタトロンを乗せて地球から遠ざけるのが私に与えられた任務なのです」
「宇宙かあ……流石にそこまでは付いていけないけどさ、ちゃんと見送りはさせてくれよ?」
「むしろ有り難いです。正直、一人では少し心細かったので……思えばガレスのお世話になりっぱなしでしたね」
「オニキスの任務が終わったらさ、打ち上げしようぜ!外でバーベキューなんかどうだ?」
「いいですね、思いっきり贅沢しちゃいましょう!」
その日の夜、二人はモスクワ郊外の人気の無い草原に来ていた。
オニキスはこの場所から飛んで隕石へと向かう事にした。
「……それでは、いってきます」
「おう、気を付けてな」
ガレスは手を振って空に昇っていくオニキスの姿を見送っていた。
オニキスも暫くガレスの居る地上を見ていたが、高度が上がるにつれてガレスの姿が小さくなると視線を空に向けた。
(このまま上昇してメタトロンを熱圏まで持っていけば、私の任務も遂に完了ですね)
オニキスが飛び立ってから暫く後、地上でオニキスの帰りを待つガレスは何か得体の知れない胸騒ぎを感じていた。
(どうにも嫌な胸騒ぎがしやがる。何も起きなきゃいいんだが……)
ガレスが祈る様な気持ちで空を見上げていると視界の端に白い光が天に昇っていくのが見えた。
まるで地上から天へ上る稲妻の様な不自然な軌道を描きながら夜空を駆けあがって行く。
「ん?……なんだありゃ?」
一瞬だったが天に昇る光の中に見覚えのある人影が見えた。
嫌な予感が当たってしまった事にガレスは歯噛みするが、オニキスもそれを追う光も遥か空の上……今のガレスにはどうする事も出来ない。
「あれは……クオリア・パール!?」