星のクオリア64
ルルイエからモスクワへ向かう連絡船の甲板で、穏やかな潮風を頬に受けながら海を眺めるオニキスの姿があった。
もうすぐ旅の目的地に到着するというのに、その表情は何処か上の空で気怠げに手摺りへともたれ掛かっていた。
(私はガレスの事、どうしたいんでしょうか……)
彼女の悩みの種は、昨日の戦いの後にアクアマリンに言われた事だ。
確かにオニキスはガレスに惹かれてはいる……だけどこんなことは初めてで、これが恋愛感情だと自分の中で断じるのが、何か怖い。
(この気持ちを認めてしまったら、今までの私の全部が塗り替えられてしまいそう……)
新しい気持ち、新しい自分といえば聞こえは良いが、新しいものというものには常に未知への不安、見通せない恐怖というものが付きまとっているものだ。
オニキスが一人、そんな答えの出ない思考の迷路に囚われていると丁度そこへ悩みの種になっている当人……ガレスがやってきた。
「どうした、もうすぐ目的地だってのに、なんか浮かない顔だな?」
「ガレス……いえ、少し考え事をしてたもので……」
「考え事?」
まさかガレス本人に『貴方の事を考えていました』とは言えないので、オニキスは別の話をして茶を濁す事にした。
「……この旅がもうすぐ終わると思うと、なんだか胸にぽっかり穴が開いた様な気持ちになってしまうというか……」
自分の心の裡を悟られたくなくて、敢えて曖昧な言い方をしたオニキス。
答えて欲しいとは思っていなかったが、ガレスの反応は意外なものだった。
「そうだなあ……その気持ちは俺もよく分かる」
「えっ?」
「ああ、俺も以前に仲間と旅をしていた事があってな、別れる時は辛かったよ……でも寂しいって感じるって事は、その旅が楽しかった証拠だって考えるようにしたんだ」
「楽しかった証拠……ええ、私も貴方との旅は楽しかったです、貴方に出会えて良かった……本当に」
柔らかく微笑むオニキスを見て、ガレスは不意に胸の高鳴りを感じた。
もしかしたら顔が赤くなっているかも知れない自分の顔をオニキスに見られたくなくて、平気なフリをして海に目を向けた。
「はは、照れるな……オニキスは旅が終わったらどうするんだ?元いた場所に戻るのか?マテリアル研究所だっけ?」
「それは出来ないでしょうね、自分の行動を後悔はしていませんが…………彼等からすれば、私は裏切り者ですから」
海を見ていたガレスがオニキスの方に向き直った。
何故か緊張しているらしく、若干肩に力が入っている。
「オニキス……もし、もし良かったらさ。このまま俺と一緒に旅を続けないか?」
しかしオニキスから返ってきたのは、つれない返事だった。
「すみません、今はちょっと、先の事を考える余裕が無くて……」
「あ、あぁ……すまない。急だったしな、今言った事は忘れてくれ」
「いえ、この旅が終わった時……改めて返事をさせて下さい」
「わかった……安心してくれ、何があってもオニキスの旅は最後まで見届けてるからよ」
遂に二人は旅の最終目的地、モスクワへと到着した。