星のクオリア62
逃げるアクアマリンを追ってガレスが一人、荒れ狂う嵐の中を駆けて行く。
オニキスが水を抑えられているタイムリミットは五分、それを過ぎてしまうとオニキスの力は尽きてしまい、アクアマリンの操る水を抑えつける術は無くなる。
ここが都市の中である以上、街への被害を考えるとオニキスは全力で力を振るう事が出来ない為、この五分間が勝負を分ける分水嶺となる。
(オニキスが俺にチャンスを託してくれたんだ、なんとかして応えないとな……!)
相手はクオリア、その名に恥じない化け物じみた力を持った相手だ。
厳しい戦いを覚悟しつつ、ガレスは走り続けた。
「居た!!」
二分が経過した頃、ガレスは狭い裏路地に逃げ込むアクアマリンの姿を発見した。
しっかりとオニキスの重力操作が効いているらしく、動きが先程よりも緩慢になっている。
これなら能力で使用する水も反応が悪くなっているはずだ。
「待て!」
ひたすらに逃げるアクアマリンを追ってガレスも裏路地へと入る。
しばらく進むと道が行き止まりの袋小路になっていた。
「鬼ごっこは終わりだ!いい加減に観念してもらうぜ!」
「まだ捕まってないも~ん」
アクアマリンが水爆弾を飛ばしてガレスを攻撃しようとするが、水爆弾の動きが鈍いおかげで回避は難しくない。
「もらったッ!!」
ガレスの斬撃がアクアマリンを捉えたと思われたその瞬間、突然地面から突き上げてきた強力な水柱をモロに食らってしまい、ガレスは成す術無く宙へ打ち上げられた。
「あはっ、ひっかかった!」
「……なにい!?」
アクアマリンの力はオニキスの重力操作によって確実に弱まっていた筈。
普段ならともかく、今はこんな芸当は出来ないだろうとガレスは踏んでいたが、その予想を覆された。
(やっちまった!!見誤ったか!?)
そのままガレスの周囲にある水が、まるで蛇の様に蠢いてガレスの手足を拘束した。
「わーい!うまくいった~」
「どうなってんだ一体……!?」
ガレスの疑問に答えるように空から何かが降ってきて、バシャンと水飛沫をあげて水の中に落ちた。
一瞬だけ見えたあれは……マンホールの蓋。
「マンホールの穴を使ってね、水を押し出す力を強くしたんだよ」
要は水鉄砲の要領で小さい噴出孔から水を押し出す事で、普段よりも小さい力で強力な水柱を作り出したのだ。
これならオニキスの能力の影響下にあっても攻撃することが出来る……このときようやく、ガレスは自分がこの狭い路地に誘い込まれた事を悟った。
「やられた……可愛い顔してとんだ食わせ者だな……」
「あはは、ちょっと工夫しただけだよ」
そう言って笑うアクアマリンの瞳に奥に、ガレスは海の様な底知れない深さを感じた。
透き通る水の拘束は強力で、ガレスがいくら暴れても逃げられそうにない。
「ごめんね、ちょっと苦しいと思うけど……大人しくしててね?」
そう言うとアクアマリンは水を操り、ガレスの顔面を水球で塞いだ。
水球の動きは緩慢だったので息を止めるのが間に合ったが、このままでは窒息してしまう。
(クソッ!ただでさえ時間がねーってのに!こうなったら……一か八かだ!!)
ガレスは息を止めながら右手の指輪型のキャスターを起動させると、黒剣を収納する代わりに大型のスタンロッドを取り出した。
(さっきまでみたいな大量に水がある状況なら効果は無いだろうが、この狭い路地に水深の浅い水しかない今なら、コイツの電流が届くはず!!)
「えっ?なにその棒?」
「ごぼぼっ!(※くらえっ!)」
アクアマリンはスタンロッドがなんなのか分からなかった為、一瞬だけ動きが止まった。
ガレスはその隙を逃さず、すかさず電流のスイッチをオンにする。
「きゃああああああああああああ!」
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼ!」
感電するアクアマリンの悲鳴が路地裏に木霊した後、アクアマリンとガレスは水の中に倒れた。
暫しの静寂の後、一つだけ水飛沫が上がる。
よろめきながらも立ち上がったのはガレスだった。
「流石にキツかったな……」
ガレスは仰向けで無防備に水面に浮かぶアクアマリンの前に立ち、再び剣を取り出して構えた。
「…………」
「あはは、負けちゃった……一つだけ、お願いしてもいいかな?」
「なんだ?」
「オニキスちゃんの事、よろしくね」
「わかった」
ガレスは剣を振り下ろして、アクアマリンの首を斬った。
クオリアは核さえ残っていれば再生できる存在と知ってはいたものの、流石に良い気分はしなかった。
だが実際に知り合いを手に掛けざるを得なかった時よりは遥かにマシだ。
ガレスは深く息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、地面に落ちているアクアマリンのコアを拾い上げた。