星のクオリア61
「うおおおおっ!!」
いつも通り前衛のガレスがアクアマリンに斬りかかる。
しかしアクアマリンは迎撃の構えもとらず、棒立ちのままニコニコしていた。
いざ戦う時になっても笑顔を崩さないアクアマリンは何か底の知れない不気味さを感じるが、相手はクオリアシリーズ、こんな程度で気後れしていたら勝てるものも勝てなくなる。
ガレスは躊躇や恐怖心を意志力で抑え込みながら、鋭く横一閃に剣を振るった。
斬撃は無防備なアクアマリンの胴体を両断したかの様に見えた……が、それはアクアマリンが水で造り出した虚像だった。
渾身の斬撃は避けられて、代わりに派手な水飛沫を上げた。
ガレスも最初からこの程度で終わるとは思っていない為、斬撃が避けられた瞬間も注意深く周囲を確認するが、アクアマリンの姿を確認出来ない。
「どこだ!?」
ガレスの後ろで一歩引いた状態から周りを見ていたオニキスがいち早く異変に気付いた。
「下です!」
オニキスの声に反応してガレスが足元の水面へ目を向けると、水中から迫るアクアマリンの姿が見えた。
この広場、冠水してるせいで気付かなかったが地面のあちこちに穴が開いている。
そして水で満たされたその穴は水を操るアクアマリンにとって大きなアドバンテージを与えている。
もし仮にガレスがアクアマリンを追いかけて穴に潜ったとしたなら、それはアクアマリンにとって幸運だ。
言うまでも無く水中は水を支配するアクアマリンの独壇場なのだから。
「甘くみるなよっ!」
ガレスもそれは重々承知していて無鉄砲に追いかけなかったが、その代わりに剣を大きく振りかぶると剣術でもなんでもない、ただツルハシを振るう様に剣を力の限り地面に叩きつけた。
「どっせい!!」
水面に叩きつけられた剣は通常ではあり得ない大きさの水飛沫を上げながら水面を真っ二つに割った。
流石のアクアマリンもこれは予想出来ず、一瞬だけアクアマリンの周囲に水が無い状態を作り出す事に成功する。
「あははっ!すごいね!」
虚を突かれ、窮地に陥ったはずのアクアマリンだが、それでも彼女は笑顔を崩さない。
無邪気な子供の様に目を丸くして驚くアクアマリンの後方から、回り込んでいたオニキスが重力球を数発撃ちこんで援護射撃を行う。
「そこです!」
「まーだまだっ!」
アクアマリンが右手をクイっと動かすと真っ二つに割れた水面の右側だけが急速に閉じて、カーテンの様に幾重にも重なって重力球の行く手を阻んだ。
重力玉はアクアマリンの操る水の壁によって相殺されて弾けた。
「なかなかやるね!」
アクアマリンが快活に笑うと、ただそれだけでバケツをひっくり返した様な雨が広場に降り注ぎ、水位が上昇した。
遂にアクアマリンが反撃に移るか……と思いきや、アクアマリンはまたしても水中に逃げた。
「逃がすか!!」
「ぽいぽいぽい~!」
逃げたかと思えば、気まぐれに地面の穴や建物の影からピョコっと顔を出して、まるで水遊びでもしている様にガレスやオニキスへ水爆弾をぽいぽい飛ばしてくる。
暢気なアクアマリンの雰囲気とは裏腹に水爆弾の威力は凄まじく、爆発に巻き込まれたビルはまるで水に濡れた紙切れみたいにあっけなく吹き飛んで飛沫と共に倒壊した。
びしょ濡れになりながらも、なんとか反撃しようと動き回る二人だったが、一旦アクアマリンが水中に逃げてしまうと二人共まるで追い付けず、追撃する手段が無い。
それでも無理に追撃しようとすれば、それこそアクアマリンの思う壺だろう。
「くそっ、これじゃあまるでモグラ叩きだ!」
「埒が明きませんね……」
「ああ、何か作戦を考えねーと不味いぞこりゃ……」
それから二回、アクアマリンの攻勢を凌いでからオニキスが言った。
「仕方ありません、多少賭けにはなりますが……」
「何か作戦があるのか?」
オニキスの作戦はこうだ。
先ずオニキスが能力を使って周囲一帯の重力を倍加させる。
すると重力倍加の効果範囲と範囲外に重力差が生まれ、元々アクアマリンの力で周囲に留められていた水が範囲外に押し出されて水位が下がると同時に、オニキスの重力制御の範囲内で暴れまわる水を重力で無理矢理押さえ付けて動きを封じる。
その隙にガレスが能力の使用で動けないオニキスに代わってアクアマリンを攻撃するというものだ。
「その黒剣は私の能力だけなら影響を軽減出来ます」
「……もしかして原材料がオニキスだからって事か?」
「そうです……お願い、出来ますか?」
オニキスは不安げな眼差しでガレスを見た。
どんなに相手を信頼していると心では思っていても、いざ命運を託すとなればやはり勇気がいる。
(相手はクオリア……正直な所、余り自信はねぇが……ここで応えられなきゃ男が廃るってもんだ!)
これまでクオリア達との戦いを経て、その凄まじさを思い知っているガレスの胸中にも不安が湧き起こるが、だからこそガレスは強がる事した。
下らない意地だと言われようとも、オニキスの前で情けない事を言いたくはなかった。
「大丈夫だって!俺にまかせとけ!」
強がりとは薄々分かっていても、ガレスの力強さにオニキスも励まされた。
「ありがとうございます!……それから、私が水を抑えておけるのは五分が限界だと思って下さい」
「わかった!」
相談が終わるとオニキスは空へ飛び上がって能力発動の為に集中を始め、ガレスはアクアマリンの居る方へと駆け出した。