星のクオリア58
翌日、ガレスとオニキスの二人は黒剣をもってトレーニングジムに来ていた。
本来は運動の場として戦前から既に存在していたトレーニングジムは戦後にはその在り方を変えていた。
誰でも気軽にほぼ全ての遠距離攻撃を無効化出来てしまうサバイバーの普及によって、闘争の手段が遠距離戦から白兵戦主体に移行した事、セカイ中で野生化した生物兵器群から身を守る為、かつて存在していた地球上の国家が全て消滅した事による全セカイ的な治安の悪化等々の理由から、トレーニングジムは『運動する場所』という認識から『戦闘訓練を行う場所』へと変化していった。
最早ジムというより実戦を想定した練兵場に近い。
「うおおおおりゃ!」
ガレスが黒剣を横薙ぎに一閃すると、ヒトの身体の堅さと重さを再現した形状記憶素材の人形が五体、まとめて真っ二つになった。
「おぉ……お見事」
その様子をベンチで見学していたオニキスがパチパチと拍手した。
ガレスは大きく息を吐くとタオルで汗を拭きながらオニキスの座っているベンチまで来ると、彼女の隣に腰を下ろした。
「どうですか、新しい剣は?」
「実戦でも使えるって聞いてはいたが想像以上だったよ、いい剣だ。でも高かったんじゃないか?」
「そんな事は気にしないで下さい、私にだって蓄えはあるのです」
そう言って得意げな顔のオニキスだが、実はたまたま出会った職人さんが丁度暇してたタイミングで仕事を依頼出来たので大幅に値引きしてもらっている事は言わなかった。
相手が喜んでいて、高価だと思ってくれているなら別にそれで良いと思ったからだ。
「それにしても今日は結構込んでるなあ」
ジムはかなり賑わっており、他の利用者達も皆思い思いのスタイルで訓練していて、なんともバラエティ豊かである。
「一言に武器で戦うといっても色々あるんですねえ。見ているだけでも新鮮で楽しいです」
ジムの訓練を眺めていると、多いのはやはり剣だ。
手に入りやすく、扱いやすい、流派も武器の中で最も多い為、使用者が多いのも頷ける。
次いで多いのは槍、リーチは刀剣を上回り、旧人類の歴史に於いても銃が登場するまでは槍が主役だった。
しかし長物故に閉所での運用に難があり、懐に入られると弱いという欠点から二番手となっている。
斧、鈍器、各種長柄武器、短剣、二刀流、鎖鎌、拳闘……皆様々な武器、それぞれのスタイルで訓練に励んでいた。
「あ、そうだ。せっかくだしオニキスも何か触ってみるか?基本的な剣の振り方くらいなら俺も教えてやれるけど」
「え?ガレスがですか?」
「ああ、前にバイトでジムのインストラクターやってた事もあるしな」
という事でオニキスも武器の訓練を体験してみる事になった。
オニキスは今まで武器というものを一回も扱った事が無い全くの初心者という事で、剣の中でも更にスタンダードな両手持ちのロングソードが選ばれた。
両手持ちの剣は教える側のガレスが最も使い慣れているという理由もある。
「……よし、じゃあはじめるか」
「よろしくお願いします」
「先ずは構えだな……剣を両手で持って、足は軽く前後に開いて、腰はもうちょっとこう……」
ガレスが剣を構えているオニキスの身体をあちこち触りながら、構えのズレを修正していく。
最初に構えに変な癖が付いてしまうと後から矯正するのが非常に大変な為、武器を扱う上で大切な事だ。
ガレスもそれをよくわかっているからか、真剣にオニキスの構えを見ていた。
しかし熱が入り過ぎたのか、うっかりオニキスのお尻をガッツリ触ってしまった。
「きゃっ!」
不意打ちのされたオニキスは思わず小さく悲鳴を上げてしまう。
「あ、すまん!そんなつもりじゃ……!」
慌てるガレスがなんだかおかしくて、オニキスはくすりと笑った。
「ふふ……大丈夫です、わかってますよ。ちょっとビックリしたですから」
「なんだよ、からかうなよ……ゴホン!じゃあ気を取り直して……」
それからオニキスは基本的な剣の振り方をガレスに教わりつつ訓練を続けた。
しばらくした後、キリのいい所で休憩を挟む事になった。
「ふぅ……疲れました」
「お疲れさん、どうだった?初めて武器を持ってみた感想は?」
「私にとって武器なんて縁遠い物と思っていたんですが……案外楽しいですね、こうして身体を動かすのは気持ち良いです」
「そうだ、何か飲み物でも買ってく……」
そう言って立ち上がったガレスにオニキスは食い気味に答えた。
「コーラで」
「……だと思ったよ」