星のクオリア50
「おっと!」
暴走しそうになっていた台車を受け止めたガレスは台車に積んであった荷物が目に入った。
台車には蓋の無いプラスチックの箱が前後三段づつ重ねて積んであって、一番上の箱の中身が見える状態になっていた。
そこから見えたのは口を縛ったポリ袋に入った水と多種多様な生きた魚だった。
(……魚?飲食関係のヒトかな?)
捌いて切り身にすればキャスターに収納出来て楽に持ち運べるだろうに、敢えてそれをしていないという事は何か特別な理由があるのだろう。
台車が勝手に動き出していた事に遅れて気付いた少女がガレスの許へ小走りで駆けよって来た。
「すいませーん!」
少女は背が低く中学生二年生くらいの年頃に見える。
白いワンピースと夏の花の飾りのついた麦わら帽子を被っており、薄桃色の柔らかそうな髪の毛が帽子の下から肩まで伸びている。
そして何よりも特徴的なのは陽光に照らされた渚の様に透き通る水色の肌をしていた事だ。
ガレスは目の前の少女に対して『もしや』と思ったが顔には出さなかった。
「ごめんなさい、わたしってば動いてたのに気づくの遅れちゃって……」
「別に大した事はしてないから気にしないで。それよりも荷物が無事で良かったよ」
ガレスは少女が台車の持ち手に手を掛けたのを確認すると台車から手を離した。
とはいえ、さっきみたいな事故がまた起こらないとも限らないなと考えると、ガレスの心の中のお節介の虫が騒ぎ出す。
ガレスは自分が他人にお節介を焼きそうになると決まっていつも頭の中から『余計な事はやめとけって、良い事なんて起こらないから』と引き留めるもうひとり自分の声が聞こえて来る。
頭の中の声が言う事は尤もだ。
他人にはそれぞれ事情がある。
傍から見て困ってそうだからといって手を差し伸べても、かえって迷惑になってしまったり最悪な場合騙されてしまう事も珍しく無い。
それでもガレス・ギャランティスが自身の頭の中から聞こえて来る忠告を聞いた事はあまりない。
特に困ってる人を助けたいという立派な志がある訳でもなし、言ってしまえばこれはガレスが『なんとなく』やってる事だ。
それは善悪を超えたガレスというヒトの性分と言えよう。
「あー……良かったらこのまま目的地まで俺が運ぼうか?ホラ、またさっきみたいな事が起こるかもしれないし……」
特にやましい気持ちがある訳でも無いのにしどろもどろになっていく自分の言葉にガレスは情けなさを感じた。
(なんか俺、不審者みたいだなあ……でもまあ断られたらそれまでだ。そしたら今日は大人しくホテルに帰ってこれからの事を考えよう)
意外な申し出にきょとんとした少女のダークブルーの瞳がガレスを見つめている。
数舜の後、少女は屈託のない笑顔を見せた。
「わぁ!ありがとうございます!」
そのまま勢い良くお辞儀をした少女をみて、何故かガレスがホッとしていた。