星のクオリア48
『海上都市ルルイエ』
第三次世界大戦後のセカイに於ける物流のほぼ全てを担っている都市。
海上都市の名の通り、本体は海に浮かんで世界中を周回するメガフロートでネオパンゲア大陸の沿岸部を時計回りに巡回し、周囲に散らばる島々との貿易を取り持ちながら世界中のあらゆる物資を運搬している。
戦後に出来た七大都市の中で唯一、ネオパンゲア大陸内部に首都を持たないが大陸中に張り巡らされた輸送網や旅の中継地点のモーテル、沿岸部の港や観光地、漁場等を領有している。
本体であるメガフロート上にある首都は世界一大きい倉庫街と交易所が立ち並ぶ大市場があり、商人を始め職人も多く所属している為、常に何らかの取引や商談がそこかしこで行なわれている。
余談だがルルイエという名前は、この街の創始者で現ルルイエ商工会議長である『ダゴン・C・ベルクライン』が好きな小説群『クトゥルフ神話』に登場する架空の都市から名付けられた。
ダゴンという名前も同じ小説群に登場する怪物が元ネタになっている。
・・・
アメジストとの戦いの後、ガレスとオニキスの二人は玄武港から無事にルルイエに入り、安いホテルを取った。
これからユーラシア諸島北東にあるモスクワの近くまでは、ルルイエに乗って海の上を移動する事になる。
勿論それは一日そこらで到着するものでは無い為、しばらくルルイエに滞在する必要があった。
「うーむ……こりゃ直せそうも無いなぁ」
ガレスは安いホテルの一室でキャスターから武器を全て取り出して床に並べていた。
盾に短剣、長剣等、様々なサイズの剣、それにサファイアとの戦闘で粉々に破壊されたツヴァイヘンダーがある。
そこに丁度お風呂上りのオニキスが裸にバスタオル一枚巻いただけの姿でやってきた。
安い宿の狭い部屋しか取れなかったから仕方ない事だが、オニキス本人の無自覚さもあって、一般的な男性のガレスには少々目に毒だ。
とはいうものの、オニキスに対して正面切ってそれを注意するのは男性にとっては正直気恥ずかしい。
「久しぶりの、いいお風呂でした……って、何してるんです?武器なんて並べて?」
「おいおい、湯冷めするぞ?先に着替えて来いよ」
気恥ずかしさを誤魔化す為にやんわりと着替える様に促してみるものの、オニキスには通じなかった。
「ちょっと見るだけですよ」
そう言いながら濡れた若草色の髪をタオルで挟んで水気を取りながら、そのまま床に並べられた武器達の前にしゃがみ込むと物珍しそうに見ていた。
ガレスはしゃがみ込んだオニキスの脚に目を奪われそうになったが、頑張って目を逸らした。
「へぇ~……色んな剣があるんですねぇ」
「あぁ、一番得意なのはツヴァイヘンダーなんだが、状況や用途によって使い分けてるんだ」
「他の剣はどういった用途で使うんです?例えば……コレとか?」
オニキスは並べられた剣の中からくの字に曲がった短剣を手にとってみた。
「それはククリだな、森で藪を刈ったりする時に便利なんだ。非常時にはブーメランみたいに投げて使う事もある」
「なるほど、だからこんな風に折れ曲がった形状なんですね……こっちのは警棒ですか?」
「それはスタンロッドだな、警棒には違いないんだが……ちょっと貸してくれ」
「はい」
ガレスは受け取ったスタンロッドを手に持ち、グリップの部分にあるスイッチを指で押し込んだ。
するとスタンロッドがバチバチと帯電し始めた。
「おお……!」
「これは刃物が効かない敵とか相手をなるべく傷付けずに無力化したい時に使うんだ……何が起こるか分からない世の中だからなあ、俺も貧乏人なりに普段から色々準備してるのさ」
ガレスはサファイアに砕かれたツヴァイヘンダーの破片を集めて布で包んだ。
「サファイアとの戦いで砕かれた剣を治せないか、何か他のもので代用できないかと考えていたんだが……やっぱり強い敵と戦うなら使い慣れた道具じゃないとダメだ。出費は痛いが明日にでも新しい剣を調達しよう」
「私は武器を使った事が無いのでよくわかりませんが……そういうものなんですか?」
「まあな。そういう訳だから明日は別行動しようぜ。久しぶりの街だ、オニキスも羽を伸ばしてこいよ」
「うーん、急に羽を伸ばせと言われても何をして良いやら……」
「適当に街をぶらついてみるだけでも楽しいと思うぜ、ルルイエは面白い街だからな」
「どこかオススメとかありますか?」
「そうだな……鍛冶屋通りなんかどうだ?文字通り鍛冶屋が沢山ある通りなんだが、ルルイエ商工会が観光業にも力を入れてるらしくて、家族連れで行っても楽しめるらしい」
「なるほど……って、それだとガレスと行く場所一緒じゃないですか?」
「確かにそうなんだが……俺個人の拘りみたいなのがあってさ、武器の調達は一人でしたいんだ、悪いな」
武器を使わないオニキスにはガレスの言う『拘り』が一体何なのかイマイチ理解出来なかったが、とにかく翌日二人は別行動する事になった。
・・・
銃弾や爆発を無効化する新技術「サバイバー」が普及してからというもの、それまで世界各地にあったガンショップは急速に数を減らしていったが、その代わりに復権した職業が鍛冶屋だ。
遠距離攻撃が容易に無力化される様になってから、戦闘の基本は武器格闘の白兵戦へと移行した。
そのため武器として刀剣の需要が急増し、同時に世界大戦による特需がそれをさらに後押しした。
それまで銃を造っていた企業等はほぼ全て鍛冶産業へと転向し今に至る。
ルルイエは世界中を周回する物流の拠点という特性から材料の調達が容易で、自身で造り上げた商品を流通させやすいというのが、職人達にとって強い利点となっている。
その為ルルイエには自然と優秀な職人達が集まる様になった。
今ではルルイエの職人街は世界一大きくなり、鍛冶屋が軒を連ねる『鍛冶屋通り』は観光スポットにもなる程だ。
「さて、どこから回るか……」
武器選びには十分な時間をかけたいし、一人で集中したいという理由からガレスは武器を買いに一人で鍛冶屋通りを訪れていた。
観光地化されているとはいえ鍛冶屋通りの名前の通り、質の良い武器を販売している店も多く、観光客のみならず武器を求める玄人も多く訪れる場所だ。
(そういえば、一人きりで何かするのは久しぶりな気がするなぁ……)
思えばオニキスと出会って旅を始めてからは大体いつも二人一緒だった。
(一人で戦うオニキスが心配だったってのもあるが……俺がここまでやってこれたのは……やっぱり楽しかったから、だよな)
ガレスは自分がお人好しなのは自覚していたが、それでもやはりそりが合わないと感じればここまでオニキスに付いては来なかっただろう。
(……ちょっと前までは一人が当たり前だったのが嘘のみたいだ)
身軽の様な、でも少し寂しい様な気分が珍しくて少し面白い。
そんな事を考えながら、ガレスは一人雑踏の中を進むのだった。
・・・
「おいおい……どうなってんだこりゃ!?」
武器屋に陳列してある商品を見てガレスは目を疑った。
どの店のどの武器を見て回っても、値段が相場よりも跳ね上がっている。
どこをみてもゼロの数が二つは多くなっているではないか。
「た、高ぇ……!いくらなんでも高すぎる!」
いくら金欠でも傭兵として自分が命を預ける大事な武器、多少値が張っても信頼できる品質の物を買おうと思っていたが、これでは量産品の剣だって買えやしない。
流石におかしいと思い、武器屋の店員に聞いてみる事にした。
「ああ……最近鉱山に『岩石竜』が出たとかでひどく鉄が高騰しちまってさ、商工会の方から金属製品の値段を上げる様に言われてんのさ」
店員のオッサンが言うには商工会は商品の価格を揃える事で品質や流通をコントロールしていて、そうやって商人や職人達全体の利益を護っている。
それで今は一時的な鉄不足の為、鍛冶屋通りにある店は商工会からの要請で金属製品の値段を釣り上げているとの事だ。
一週間もすれば元の値段に戻るだろうという話だったが、今はどの店でも同じらしい。
「まいったな、こりゃ……よりにもよって今かぁ」
いつ襲って来るか分からないクオリアを相手に一週間は長すぎる。
とはいえ今の値段では手が出ないので、ガレスは仕方なくホテルへ戻る事にした。