星のクオリア46
「ヴァアア!?」
急に自分の身体が空に浮いた困惑からかガレスが驚いて変な声を発すると、それを宥める様にオニキスの小さい掌が恐竜の背中を優しくさすった。
「大丈夫ですよ、今度は上手くやりますから」
「…………グルル」
オニキスの言葉を聞いて落ち着きを取り戻したガレスは背中のオニキスをちらりと見た後、再び前を向いて咆哮する。
「ガオオオオオオン!!!」
空中に逃れた二人に今度は甲高い声を上げながら翼竜達が襲い掛かる。
翼竜というだけあって、本来ならば飛行できない筈のガレスのガッチリとした骨太な身体とは違い、細い体でもって空中を自由自在に飛び回りながら鋭い爪と牙で二人に襲い掛かってくる。
「キィヤアアアアオオオッ!」
「ガァアッ!!」
翼竜の爪牙は確かに鋭いが、しかし如何せんティラノサウルスの身体には攻撃が軽すぎて明らかに力不足だ。
翼竜達がガレスの首筋に牙を立てる事に成功しても、ティラノサウルスの太く頑丈な首を噛み切る事は出来ず、強引に首を回したガレスに牙を外されると、お返しとばかりに逆にガレスに噛みつかれて首を砕かれてしまった。
「アメジストの本体が近いです!そろそろ降下しますよ!」
「ガアアアアアアアア!」
ガレスは噛み付いたままで返事をすると、そのまま後ろ足で掴んでいた翼竜の身体を踏み潰して地面に着地した。
着地の衝撃で翼竜の身体は紫色の破片になって周囲に散らばって、そのまま動かなくなった。
アメジスト本体が近い証拠なのか、今まで以上の密度の防衛線を文字通りちぎっては投げ、ちぎっては投げてしながら押し通る。
すると、ある程度進んだ地点で急に敵が居なくなった。
恐らくここがアメジストの本陣なのだと察した二人の間に緊張が走る。
敵の姿は見えないが、伏兵や罠があるかも知れない。
無人の陣地にはこれ見よがしに目立つ紫色の宮殿が建っており、二人は顔を見合わせた。
「あからさまな建物ですが……確かにアメジストの本体がこの宮殿の中に居るのを感じます」
勿論罠の可能性も考えたが今回の戦いではオニキス達はアメジストを追う側であり、どうにかしてアメジストを見つけ出す必要があった。
罠だと分かっていても進まざるを得ないのだ。
恐竜になっているガレスすらも楽々通れる程に広々とした宮殿の通路を進んでいくと一際大きな扉に突き当たった。
二人はアイコンタクトで互いに頷き合うと、ガレスの頭突きで扉を破って二人が部屋に突入した。
そこにはまるで隠れる事もせず玉座でふんぞり返るアメジストの姿があった。
何か策でもあるのか、余裕綽々でワインをあおっていた。
「ノックも無したぁ無粋な奴等だなぁ、オイ?」
遂に二人はアメジストの玉座の前に並び立った……しかしアメジストは余裕のある態度を崩さず、大儀そうに玉座から腰を上げた。
「全く、オニキスだけならなんとかなったかもしれねーのによォ……あーあ、ついてねえわ」
アメジストはヤケクソ気味に毒づいて手に持ったワインの瓶を煽り、豪快にラッパ飲みする。
しかし全然切羽詰った印象は受けない。
アメジストは面倒臭そうにキャスターを起動して穂先に悪魔の羽の様な飾りの付いた特徴的な槍『ショヴスリ』を取り出して構えた。
「こうなっちまったら仕方ねえか……いくぜェ!!」
勢いの乗ったショウズリの一閃……しかしそれは凡庸な一撃で、オニキスはそれを軽く身体を捻って避ける。
そのまま反撃の重力球をアメジストの体に五発、続け様に叩き込むと、アメジストはそれをモロに食らってしまい、呆気なく身体を穴ぼこだらけにされて戦闘不能になった。
オニキス達の戦いに決着が付いたのを見届けたガレスは静かに部屋を出て行くと、宮殿の廊下でプロモーションを解除する。
「グググ…………ぐぅ!」
全身から放たれる大量の蒸気に包まれながら、ガレスは自分の身体を少しづつヒトの形へと戻していった。
肉体の変形という荒業は大量のカロリーを消費するし[※蒸気の発生は大量のカロリー消費による熱を体外に放出する為に行なわれる]体にも負担が掛かるので、そう易々と使える力では無いのだ。
プロモーションは強力な力だが、使い過ぎてヒトに戻ってこれなくなったかつての仲間達を思い出す事が、身体への負担よりもガレスには辛かった。
だがガレスは敢えてその事をオニキスには明かさなかった。
下らない意地を張った男のやせ我慢。
自分がオニキスよりも弱いという事実を重々承知した上で、それでもガレスはオニキスに弱い自分は見せたくなかった。
プロモーション解除後の身体の辛さなどどこ吹く風といった風を装って、ガレスが戻って来た。
「あ、あーアーあー……なんだか久しぶりにヒトの言葉を話した様な気がするぜ…………おーい、オニキ……ス?」
しかしそこでガレスが見たものは、意外な光景だった。
「ふざけやがって!!このオニキス野郎!!」
「いたたっ!いたいっ!やめ、やめてください!」
核だけになったアメジストが元気に跳ね回って、あまつさえオニキスを剥きだしの本体の結晶の角で攻撃しているではないか。
アメジストはオニキスの眼球へ強烈な回転攻撃をヒットさせた。
すごくいたそうだった。
「やりやがったなテメエエエ!!!ヒトの身体穴だらけにしくさってからに!!!」
「うあああああ!!目があああああ!!」
「こうしてやる!こうしてやる!」
「わかりましたから!あやまりますから!ごめんなさい!」
・・・
しばらくオニキスをいじめて溜飲が下がったアメジストは大人しくなった。
それでようやくオニキスはアメジストを宝石箱へと封印する事に成功した。
二人の様子を後ろで見ていたガレスが呑気に笑っていた。
「あっはっは、大変だったなオニキス?」
それを聞いたオニキスは疲れた様子で深い溜め息を吐いた。
「笑ってないで助けて欲しかったんですけど……あーこれ失明したかも知れませんよ、もう何も見えません」
「オニキスの身体、再生能力あるから大丈夫だろ」
「……まあそうですけど、そうですけどぉ」