星のクオリア42
ガレスが目を覚ましてから最初に目にしたのは見覚えの無い天井だった。
意識はあれどハッキリとはしておらず、自分が今何処に居るのかすらわからない。
(どこだ、ここは……?)
起きたばかりの頭で考えようと試みるが、いまいち上手く働かず、どうにもボーっとしてしまう。
まるで二日酔いみたいだと思いつつ、そういえば酒なんてしばらく飲んでいない事を思い出した。
とりあえずもう一眠りしようかと体をモゾモゾ動かしてみると、その拍子に脇腹に鋭い痛みが体に走った。
「いてっ!……なんだこりゃ、骨が何本かイッてるのか??」
思い出した様に痛み始める自身の身体のおかげでガレス徐々に覚醒し、遂に自分が恐竜に変身していた事を思い出した。
「思い出した……抑制剤無しでプロモーション使ったんだった!!」
プロモーションで恐竜に変身して戦う時はいつも『抑制剤』を飲んでから、というのが決まりだった。
それがなんの決まりかと言われれば、普通の人間だったガレスの肉体を戦闘用のキメラに改造したあの忌まわしい研究所の連中が作ったものだ。
抑制剤を飲んでいたならガレスは恐竜の姿でも意識を保つ事が出来たし、自分で元の姿に戻る事も出来る。
「あ、そうかサファイアと戦ってる時に夢中で……つか戦いはどうなった?オニキスは無事なんだろうか?」
抑制剤がなかったせいで今のガレスにはプロモーション前後の記憶すら曖昧だ。
とりあえず周囲を見回してみると自分がいつも使っているテントの中で寝袋に包まれている事に気が付いた。
「ううん……」
「ん?」
オニキスの声がすぐ近くから聞こえた……というか寝袋の中に誰かいる。
ガレスが自分の寝袋を捲って確認すると、そこには一糸纏わぬ姿でオニキスが寝息を立てているではないか。
「!?!?」
まだ起きる気配の無いオニキスの可愛らしい寝息がガレスの胸板をくすぐり、密着した肢体は意外な程柔らかく温かでヒトの少女に遜色無い……いや、それ以上の柔らかな感触だった。
「おわッッッ!!!つうか俺も裸かよッ!?」
今まで女っ気の全く無い一人旅を続けていたガレスのリアクションは思春期の男子と大差ない、非常にベタで大袈裟なものだった。
・・・
サファイアとの戦闘の後も雪山の天気は一向に回復する兆しを見せなかった為、二人はこの廃劇場で一泊する事になった。
オニキスが意識の無いガレスを運び込んだ廃劇場の楽屋跡で二人はそのままキャンプの準備をしていた。
「変身している間に迷惑をかけてしまって……本当に申し訳ない!」
ガレスはキャンプの準備が終わってすぐに、焚き火を挟んで対面のオニキスに頭を下げていた。
「そんな……あれは不可抗力ですよ、頭を上げて下さい」
「いや、謝らせてくれ!抑制剤無しでプロモーションを使えば、ああなる事は俺自身もわかってた事だったんだ」
「それで貴方の気が済むなら別に構いませんけど……というか私も暴走した貴方を止める為とは言え、かなり無茶をしてしましました……すみません」
オニキスはガレスの身体のあちこちにある傷や包帯を見て、表情を曇らせる。
自分がもっと器用だったら他の方法も思いついたはずだと、オニキスは自分を責めていた。
「いやいや、オニキスが居なかったらどうなってた事か……俺を止めてくれて本当にありがとう!」
「貴方のお陰でサファイアを倒せた様なものですし……ありがとうございます、今回に限らず貴方にはいつも感謝しています」
普段から感謝の念はあったものの、こうして改めて感謝を口に出すのはちょっと恥ずかしいな感じたオニキスは話題を変えることにした……というか、ガレスの変身能力について聞きたいという好奇心があったのだ。
「でも本当に驚きましたよ。まさか恐竜にプロモーション出来るなんて……もしかして、昨日聞いた過去の話と関係あるのですか?」
「あぁ、俺をキメラに改造した研究所の奴等が超人兵士を造る研究の一環として恐竜の遺伝子を使っていたらしくてな……俺はそこの数少ない成功例ってヤツでさ」
「超人兵士……ですか?」
オニキスは超人兵士という単語に少し違和感を感じた。
確かに恐竜の獣性細胞に適応したキメラは珍しいが、別に『超人』という程戦闘に長けている訳では無いと感じたからだ。
オニキスにとって『超人』と言えば、ゲイズハウンドとかプリデール位の戦闘力を持つ者達の事だ。
そんなオニキスの様子を見て、ガレスは何かを察した様子だった。
「ああ……もう結構昔の話、昔の認識なんだが、戦争が始まる前は一般人の基準が『遺伝子操作されてない天然の人間』だったんだよ、だから俺はその当時の『普通の人間』から見て超人だったんだ」
「……なるほど、技術の開発が進むにつれてキメラの能力がインフレしていったんですね」
「その通り。いざ戦争が始まるとドンドン新しいキメラが開発されて、あっという間に俺は『普通のヒト』に逆戻りさ……まあ、言わば型落ちってヤツだな」
ただ単に昔を懐かしむ様に語るガレスの胸中には一体どの様な感情があるのかオニキスにはわからなかった。
それでも色んな事を経験してガレスはオニキスの目の前にいるんだな、となんとなく感じるには十分だった。
「……色々あったんですね」
「……まぁ、それなりにな」
丁度その時『くぅ~……』と間抜けな音でオニキスのお腹が鳴った。
ワンテンポ遅れてオニキスが慌て出した。
「あっ……すみません……!」
「はっはっは……そうだな、湿っぽい話は終わりにしよう、そろそろメシにしよう!」
そういえば天気が悪くなってから何も食べていなかったとはいえ、流石に恥ずかしい。
オニキスはただただ赤面するしかなかった。