星のクオリア41
五百倍の重力で地面に押し潰されてもガレスはまだ意識がある様子で、なんとか身体を動かそうと暴れている。
オニキスはそれを抑える為にやむを得なしに重力を強めていくしかなかった。
「気絶さえしてくれれば……!」
恐竜化したガレスの頑丈さをもってしても流石に超重力には勝てず、骨が軋んで血が噴き出る生々しい音が鳴る。
陥没した地面に流れ落ちる血が、ガレスの下に血の水たまりを作った。
集中し続けたせいか、オニキスの顔にも疲労が見え始めた頃。
「グルルルルル…………」
遂にガレスが苦しそうに喉を鳴らして気絶すると、それを見てオニキスも能力を解除した。
常軌を逸した重力から解放されたガレスの全身はもうズタボロ、破れた鱗の隙間の肉から鮮血が噴き出すのを見て、オニキスは一人肝を冷やしていた。
長い間集中していたせいか、オニキスも能力の解除と同時に眩暈を起こして倒れそうになる。
「ハァ……ハァ……!やりすぎちゃったかも……大丈夫、ですよね……?」
不安からつい思った事をそのまま呟いてしまったが、当然その問いに答える者はいない。
「それにしても……ここまでやらなれけば止められないとは……」
しかし強靭な肉体を持つ暴走状態のティラノサウルスを止める方法は、こうするぐらいしかオニキスには思いつかなかった。
その点に関してオニキスは自分の不器用さを嘆いたが、それよりも今は優先すべき問題がある。
なんとかガレスの命を奪わずに気絶させる事に成功した……が、ここからどうすればいいのかわからない。
「これで元に戻ってくれればいいんですが……」
キメラ達が持つ肉体の変身、これを一般的に『プロモーション』というが、それについてオニキスは聞き齧った程度の知識しか持たない。
故に今のオニキスに出来る事といえば、気絶したガレスの様子を見守って元の人間の姿に戻る様に祈る事だけしなかった。
傷の手当を行おうにも、今のガレスの身体が大きすぎて、ヒト用の医療品ではとても間に合わない。
祈りが通じたのか、それとも元々そういう仕組みなのかはわからないが、やがて気絶したガレスの肉体からシュウシュウと湯気が立つと、それが晴れる頃にはヒトの姿に戻ったガレスがうつ伏せに倒れていた。
「戻った!よかった……本当によかった……」
安堵したのも束の間、今度は別の問題が顔を出してきた。
ガレスの出血を止めなければ。
「次は……ああもう!一体どうしたら……!?」
応急手当の心得なんて当然持ってない無いオニキスは再び顔面蒼白になり、混乱するばかりだ。
「とりあえず血をなんとかしないと……そうだ、包帯!!」
ガレスの荷物の中に救急箱か、または何か替わりになる物が無いか探す為にオニキスがガレスのキャスター触れようとした時、どこからか声が聞こえてきた。
「オニキス……」
声の正体は先程倒したサファイアの核だった。
今までガレスの事で頭が一杯でサファイアの事をすっかり忘れてしまっていた。
「あっ!?サファイア!」
「……もしかして今まで忘れてた?」
「あ、いえ、決してそんな事は……」
図星を突かれたオニキスが狼狽えるが、サファイアはオニキスに驚くべき提案をした。
「そのヒト、私が助けてあげようか?」
「えっ!?でも私達は今敵同士じゃ……」
「そのヒトとはメタトロンを取り返す時に邪魔をしてきたから戦っただけで、私の任務とは関係ないし」
「あっ」
今は敵対していても、クオリア達は兄弟同士。
ウマが合う合わないはあるが、元々は仲が良いのだ。
「わかるよ、オニキスの大切なヒトなんでしょ?」
「っっ!……はい、大切な『仲間』です」
まだぎこちなく言葉に詰まるオニキスを見て、青く光るサファイアの核が優しく明滅した。
・・・
サファイアの核を手に持ったオニキスが、ガレスの体の出血が酷い部分に核を近づけると、核が淡く発光しスプレーの様に冷気を放射した。
すると患部の冷却により止血が成され、出血が治まっていく。
要するにコールドスプレーでアイシングをして出血を抑えるという治療だ。
奇しくもガレスが暴走する原因となったサファイアの協力によって、オニキスはなんとかガレスの容体を安定させる事が出来た。
出血は止まったし、脈もある。
あとは身体を冷やし過ぎない様に気を付ければ、そのうち目を覚ますだろう。
オニキスはサファイアへの感謝と彼女と戦い核だけにしてしまった事への申し訳無さ、または自分の不甲斐無さから複雑な表情のままサファイアに声を掛ける。
「もう大丈夫でしょう……助かりました、ありがとうサファイア」
「いいよ。知らなかったとは言え、彼が暴走したのは私のせいだし」
気まずそうなオニキスとは反対に、サファイアは自分が負けた事もガレスを助けた事も大して気にしていない様子だった。
「そういえばオニキス、彼を人質に取られた時、自分がどんな顔してたか、しってる……?」
「……えっ?なんです急に?」
サファイアは楽しそうに話を続ける。
「まるでこの世の終わりみたいな顔してた……オニキスのあんな顔、はじめて見ちゃった」
「あ、あ、あれは仲間として安否を案じただけで……!」
「ほんとぉ?」
「ホントです!マジです!」
サファイアが大袈裟な声色でガレスを人質に取られた時のオニキスの真似をした。
「ガレス……ああ……!」
「もうっ!いい加減にしてください!!」
オニキスは真っ赤になって否定し、そのままヘソを曲げて黙ってしまった。
サファイアはそんなオニキスにお構いなしに話を続けた。
「ヒトを好きになれるってステキな事だなって思うよ……もし私が誰かを好きになる事が出来たら、その気持ちを大切にしたいって思うな」
サファイアの話を聞いたオニキスが神妙な面持ちでサファイアへ問いかける。
「私達は、クオリアは……ヒトを好きになってもいいのでしょうか?」
「どういう意味?」
「私達は一般的なヒトとは持って生まれた力も、体のつくりも全てが余りにも違いますよね?」
「うん」
核だけのサファイアが返事をした。
勿論普通のヒトにこんな芸当は出来ない。
「……ヒトは私達を受け入れてくれるのでしょうか?」
「うーん……」
オニキスの真剣な問いにサファイアは少し考えた。
しかし核だけの状態のサファイアが今どんな感情を抱いているのか傍目にはわからない。
少しの沈黙の後、気の抜けた調子でサファイアが言った。
「別に大丈夫じゃないかな?……それこそ恐竜に変身しちゃうヒトもいるんだし」
「そうでしょうか……」
「ねえ……宝石箱、持ってきてるんでしょ?眠くなってきちゃった」
「ええ……」
ガレスが暴走した原因がサファイアとの戦いだったとしても、ガレスを助けてもらった手前、オニキスはサファイアを宝石箱に閉じ込める事に後ろめたさを感じていた。
しかしもうサファイアは何も語らない。
オニキスはイヤリング型のキャスターに仕舞っていたクオリア専用の封印装置『宝石箱』へと、サファイアを収納した。
「すみません、サファイア」
「いいよ。おやすみ」