星のクオリア39
(何が起こった?俺は一体どうなった……?)
幽かに意識は残っていたが、サファイアの能力で凍結してしまった今のガレスには何も見えておらず、身体を動かそうと試みても反応が無く、動く気配が全く無い。
今度は声を出そうとしたが勿論無駄で……そもそも呼吸すら出来ているのか怪しい。
不思議な事に息苦しさは感じなかったのが不幸中の幸いだったか。
(意識が……!)
それよりも強烈な眠気がガレスを襲っていて、意識と思考力を脳みその中からごっそり刈り取ろうとしてくる。
今すぐにでも眼を閉じてしまいたかったが、まだ戦いの最中である事を辛うじて思い出して踏みとどまる。
(寝るのは不味い……)
ガレスが睡魔に抵抗し気を張っていると、幽かに睡魔の誘惑を阻害しているものがある事に気が付いた。
それはズボンのポケットの辺りから何か、心臓の鼓動の様なイメージでガレスを鼓舞している……様な気がした。
(これは……ポケットに入れてたのは確か……前にオニキスに貰った黒い結晶……だったか?)
その鼓動を感じていると、何故か胸が締め付けられる様な苦しい気持ちになる。
その苦しい気持ちでハッと思い出した。
(あっ、そうだ!オニキス!!)
思い出した瞬間、ガレスの意識はクリアになった。
それと同時に忘れていた現在の情報が一気に押し寄せてきて危うく混乱しかけるが、情報の濁流を必死に処理していく。
(俺は今、山奥の廃屋でクオリア・サファイアと戦っていたんだ!その時に腹に槍を刺されて……)
確かサファイアは冷気を操るクオリアだ。
その事を思い出したガレスは身が凍る思いがした……いや、実際にもう凍っては居るのだが。
(オイオイオイオイ……まさか氷漬けになってんのか俺?嘘だろ?おっ死んじまったか???)
しかしサファイアの攻撃で凍結したと思われる体は相変わらずガレスの意思に反応する気配を見せない。
(クソッ!こうなったら『アレ』しか……いやしかし、俺自身制御出来るかどうか……!)
ガレスが躊躇している間も結晶の鼓動は大きくなり、泣きそうな程辛い気持ちが流れ込んで来た。
目は機能しておらず、何も見えていないのに今にも泣きそうなオニキスの顔が見えた気がした。
(…………わかったよ。俺、頑張るからさ……そんな顔しないでくれよ)
オニキスは広間の中央にメタトロンを置くと、そのままゆっくりと後退して部屋の端へと歩いていった。
今度はサファイアが床に置かれたメタトロンへと向かって歩いて行く。
サファイアがオニキスを警戒しながら慎重にメタトロンを拾い上げようとした時、それは突然起こった。
ガレスを閉じ込めていた氷の柱が突然、強烈な熱気を放ち始めたのだ。
激しい蒸気と共にガレスを閉じ込めていた氷柱が見る見るうちに溶けていき、遂には耐えきれず砕け散ってしまった。
しかし氷の中から姿を現したのはいつものガレスではなく、真紅の巨体を持つ巨大な恐竜ティラノサウルスだった。
「ギャオオオオオオオオオオン!!」
「わわっ!?何これ!?」
突然の出来事に反応が遅れたせいか、サファイアはティラノサウルスへと変貌したガレスのヒト一人を楽々飲み込めそうな巨大な口に胴体を噛み付かれた。
「このっ!」
すかさずサファイアも能力で応戦するが、変身の影響で全身から強烈な熱を発し続けている今のガレスを一瞬で凍結させる事は出来なかった。
それでもサファイアの力はガレスの熱を上回る、しかし徐々に体を凍らせられつつもガレスは噛み付く力を緩めない。
サファイアの胴体にティラノサウルスと化したガレスの巨大な牙が深々と食い込み、胴体のヒビがビキビキと悲鳴を上げながら拡がってゆく。
「な、なんですかアレは!?」
オニキスもサファイア同じく驚愕のあまり動きが止まってしまっていたが、今がチャンスだという事に気が付いて直ぐに行動に移した。
「……何が何だかわかりませんが、とにかく今しかない!」
オニキスは地面スレスレを滑るように飛行して片手でメタトロンを拾い上げつつ、そのままの速度でサファイアに肉迫した。
サファイアに噛み付いているガレスに被害を及ぼさない様に注意を払いながら、最小範囲で能力を行使する。
「これで終わりです!」
「……あっ!」
オニキスが小さめの重力球を数発撃ち込むとサファイアの身体に穴が開き、それで脆弱化したサファイアの胴体はガレスの顎に噛み砕かれて戦闘不能になった。
恐竜の牙の隙間から青い核がぽろりと地面に転げ落ちる。
サファイアが戦闘不能になるとガレスを覆おうとしていた氷も一斉に砕けて、ガレスは自由に動けるようになった。
オニキスはサファイアが戦闘不能になったのを確認すると、おそるおそる恐竜に変身したガレスへと向き直った。
どうしていいのか分からず、とりあえず名前を呼んでみる事にした。
「ガ、ガレスですよね……?大丈夫ですか……?」
しかし返ってきたのは理性を感じない恐竜としての呻きだけだった。
「グゥルルルルル……!!」
ガレスはオニキスを次の獲物と認識したらしく、獰猛に喉を鳴らすと、口を大きく開けて威嚇の咆哮をぶつけて来た。
余りの音量に建物全体が振動し積もっていた雪が粉になって舞い上がった。
「ギャオオオオオオオオン!」
「そ、そんな……!!私がわからないのですか!?」