星のクオリア37
オニキス達が再び地上に降りる頃には、ガレスの見立て通りすっかり天気は崩れて吹雪になっていた。
「やっぱり荒れたか……山の天気は変わりやすいからなぁ、仕方ない」
「……すいません、私が上手く飛べなかったばかりに」
「上手くいかない事なんてよくあることさ、あんまり気にすんなよ」
「……はい」
ガレスの優しさがオニキスに心にチクチク刺さる。
(うぅ……優しさが辛い……)
本当は手を繋いでいるのが恥ずかしくて集中できないあまり、能力のコントロールが出来なくなりました……なんて、口が裂けても言えたもんじゃない。
「とりあえず、どこか吹雪を凌げそうな場所を探そう」
「それなら……降下中に向こうに建物があるのが見えましたよ。遠目だったので何の建物かはわかりませんでしたけど……」
オニキスが雪原の向こうを指差すが、吹雪に遮られているせいで此処からでは建物が見えない。
「本当か!?それなら今から穴を掘るよりはずっといい。これ以上酷くなる前にいってみよう」
ガレスはオニキスの指さした方向へとスノーモービルを走らせた。
建物に向かう途中にも吹雪はどんどん酷くなって、雪で視界は白く染まり、数メートル先すらまともに見えない。
吹雪に耐えながら、二人はなんとか迷うことなく件の建物に辿り着く事が出来た。
「どうにか辿り着けたか……それにしてもこれは何の建物なんだ?」
「なんでしょう?結構大きい建物ですね……」
てっきり山小屋か何かかと思っていたのだが、建物は思いのほか大きく、どうみても山小屋ではなかった。
既に廃墟であるらしくヒトは居ないし、窓ガラスもほとんど割れてしまっている。
「とにかく中に入ってみよう」
建物内の床にはゴミが散乱しており、その中にポスターが多く混じっているのが目につく。
ポスターの文字は公用語では無い見慣れないもので、二人には解読出来なかったがポスター全体の雰囲気から、なんとなくだが劇とか映画の宣伝をしているものであると理解できた。
「これは……漢字だな、旧アジア圏の文字だ。俺には読めないが……オニキスはどうだ?」
「私も旧文明の文字には詳しくないので……ここは何かの劇場、でしょうか?」
「多分そんな感じだろうな……とりあえず中が安全か調べておこう」
廃劇場の薄暗い通路を進んで行くと、ダンスホールへの扉へと行き当たった。
中はかなり広くなっていて、300人位ならゆうに入る位の大きさだった。
しかし部屋の隅に山積みにされた壊れた椅子や机のせいで実際よりも少し狭く感じる。
奥には一段高くなったステージがあり、そこに既に先客が居た。
「~♪~~♪♪♪」
ガレス達の存在に気付いていないのか、それとも気に留めていないのか。
音楽のかからない無音のステージで一心不乱にポールダンスに興じているのは、豊満な肉体を際どい踊り子の衣装を身に纏った青い肌の女性だった。
こんな寒い場所で裸同然の恰好で居る事や太腿や背中に彫られた桃色の蝶々の刺青が、女がこの世ならざるものであるかの様なミステリアスで妖艶な雰囲気を助長している。
劇場は天井の一部が崩落しており、吹雪が隙間から容赦なく入ってきているが女はまるで気にも留めず、長い銀髪と振り乱しながら踊り続け、身体から飛び散る汗がダイアモンドダストの様に輝いていた。
神秘的でエロチックな女のダンスを見て、ガレスが感嘆の声を上げた。
「なんかよくわからんが、こりゃすげぇな……!」
「……」
ガレスはただ単にダンスの素晴らしさを見て褒めただけなのだが、オニキスにはそうは見えなかった様だ。
外の吹雪よりも冷たい軽蔑の眼差しをガレスに向けて言い放った。
「……最低です、ガレスはああいうのが好きなんですね?」
「いやいやいや!?俺は単純にあの娘の踊りが見事だと思っただけで……!」
「……スケベ」
「だから誤解だって!!」
二人がなんやかんやしている内に、踊っていた女も二人の存在に気付いたらしく、静かにガレス達を見ていた。
そして第一印象からはとても想像できない程のあどけない笑顔で声を掛けてきた。
「……オニキス、久しぶり」
女は見てくれと反してハスキーで幼い声だった。
「あ、やっぱりクオリアだったのか……」
ガレスがどこかホッとした様な声を漏らした。
「オホン!……久しぶりですね、サファイア」
「メタトロン、返して?皆困ってるよ」
「……お断りします」
「……そう」
サファイアは答えは分かっていたという風に溜め息混じりに呟くと、舞台に立っているポールを床から引き抜いた。
すると先端部分に冷気が集中して槍の穂先が氷で象られた。
「じゃあ戦うしかないよね……いくよ?」
ガレスが剣を構えてサファイアの方を見ながら隣のオニキスに聞いた。
「アイツはどんな能力を持ったクオリアなんだ?」
「サファイアは冷気を操る能力を持ったクオリアですが……」
「どうした?」
「私は彼女が戦う姿を見た事が無いので……どんな攻撃をしてくるかわかりません」
オニキスからは情報が得られそうにない為、ガレスは自分でサファイアを観察する事にした。
見た感じ、アンバーの様なパワー型には見えないし、ルビーの様な攻撃型にも見えない……というかあの眠そうな眼に闘う気があるのかすら怪しい。
ではエメラルドやターコイズの様なスピード型だろうか?
そもそもあのスピード型の二人の速度というものは風や雷を操る能力の延長上にあるもので、冷気を操るという能力から速度はイメージしにくい。
「確かに攻めにくい相手かもな……」
そうなると残る型はおおよそ四つ。
なんでも器用にこなすバランス型、守りを主眼を置いて戦う防御型、距離をとって戦う遠距離型、そして何をしてくるのか見当も付かない奇襲型。
(何にせよ、そろそろ腹を決めるしかないか。最前線に立つ、昔はこれだけでも苦労したっけ……)
相手がどういう戦い方をするのか分からなくても、やるしかない。
ガレスは自らを鼓舞するように大きな声を出した。
「さあて、とっとと片付けようぜ!!」
「はいッ!」
オニキスもその気持ちに応える様にオレンジ色の羽を展開した。
サファイアは相変わらず不気味に佇んでいた。