星のクオリア36
モーテルでバイクをスノーモービルへと換装した二人は雪原地帯を走り、ルルイエの立ち寄る港町『玄武港』を目指す。
雪の積もる山道を走っていると、ちらほらと雪が降り始めていた。
ゴーグルの上で溶けてしまった雪の欠片を眺めながらガレスが呟く。
「天気予報では一応、晴れだったんだが……こりゃ吹雪くか?」
空に目を向けてみれば、いつの間にやら灰色の雲が多くなっており太陽が雲に隠れ始めていた。
「う~ん、モーテルまで引き返すか。それかビバークになるかもな……」
「あっそうだ、私の能力で空を飛んで行くのはどうでしょう?二人で雪原を超える位なら多分大丈夫ですよ」
「え?そんな事出来るのか?」
「私の能力ならヒト一人浮かせるくらい造作も無い事ですよ、道中の曲がりくねった山道も省略できます」
ガレスはオニキスのドヤ顔に一抹の不安を感じた。
どうにも今までのオニキスの能力の使い方を見るに、細かい出力の調整やヒトやモノを浮かせたりといった使い方をしていなかった様な気がするのだ。
ほとんど敵を重力で押しつぶすとか、そんな使い方をしている所しかガレスは見た事が無かった。
「……なあ、ホントに大丈夫なのかそれ?」
「大丈夫ですよ、大船に乗ったつもりで任せて下さい」
その後、実はオニキスが他人と初めて空を飛ぶのが初めてだという事が判明したりして多少の不安は残ったままだったが、そうこう言っている間にも天候がどんどん悪化してきたので、ガレスも四の五の言っていられなくなった。
降り始めた雪は既に吹雪へと変化しつつある。
「では、いきますよ?」
「……ああ、マジで頼むぞ。俺の命、オニキスに預けたからな!」
スノーモービルを一旦キャスターに仕舞ってから、ガレスとオニキスは手を繋いで並んだ。
オニキスが能力を使うと、ガレスは自分の身体が透明な膜の様な物に包まれた感覚を覚える。
気が付けばガレスの周囲から重力は既に消え去っていて、二人の体は水の中の泡の様に宙へと浮かんでいった。
重力場を作り出している影響で吹雪も二人の周囲には入って来れない。
「おお!?スゲェ、コレ!」
「フフフン……これが私のクオリアとしての能力、重力操作の本領ですよ。あ、手を離さないようしっかり握っていて下さいね?」
「ああ!」
100メートル……200メートル……と段々に高度を上げていった二人は遂には雲の中に入った。
「うおっぷ!」
なんとなく反射的にガレスは息を止めた。
そして雲を突き抜けると同時に大きく息を吐き出した。
「ぷはぁ~!」
「……別に雲の中でも普通に呼吸は出来ますよ?」
「いやぁ、空を飛ぶなんて慣れてないから、ついな……ははは」
しばらくの間、二人きりでしっかりと手を繋ぎながら飛行していると、ここにきてオニキスが重要な事に気付いた。
(手を繋いで二人きり……まるで恋人同士みたいです……ね……?)
そんな考えがふと頭の中を過ってから、オニキスは急に自分が行動が恥ずかしくてたまらなくなってきた。
今はもうガレスの顔すら見れないし、しっかりと繋いだ手と手が、すごく熱を持っている様に感じてしまう……かつて気まぐれに読んだ、恋愛小説のそんな一節が当時のオニキスには理解出来なかったが、今はもう痛い程理解出来てしまう。
(ま、まさかこんなことになるとは……あばば……ど、どうしましょう……?)
かつて読んだ恋愛小説では、内気な主人公の女の子は恥ずかしさから赤面するばかりでその場面は終わってしまった。
つまりこういう時にどうすればいいのかという方法や手掛かりは何も書いてなかった。
(え?……もしかして私は男性としてガレスの事を……いやいや!そんなことは、そんな……ことは……?)
そこから先は、恥ずかしすぎて反射的に思考すら遮ってしまう。
(確かにガレスにはお世話になっていますし、一緒に居て楽しいですし、結構頼りになりますけど……ああもう!一体いつからこんな事に??)
オニキスは『一体いつから?』という自分自身への問いに答えを出せなかった。
たまたま一緒に居て、気付いたらこうなってしまっていた。
(いやいや、今はそんな事を考えてる場合じゃないですよね、私の能力で飛んでいるんですから、今は能力のコントロールに集中しないと……)
オニキスはガレスの方に顔を向けないようにしつつ、飛ぶ事だけに集中しようとした。
(ガレスの手、大きくて温かい……)
(彼が今どんな顔してるのかやっぱり気になる……)
(もしかしたら私の気持ちなんか見透かされてるのかも……)
集中しようとすればする程、オニキスの胸の内は雑念で溢れ返った。
平素であれば問題にはならないのだが、ここは雲の上で、オニキスの力で二人は飛行している……となれば当然、能力のコントロールに支障がでる。
「おおおおおい!!大丈夫なのかオニキス!?」
蛇行したり上下移動を繰り返したりの不安定な飛行に、たまらずガレスが悲鳴を上げた。
「おい、オニキスってば!!」
「……ひゃい!?」
振り向いたオニキスの顔は、ガレスには体調が悪そうに見えた。
「……顔が赤いぞ?風邪でも引いたんじゃないか?」
ガレスの心配そうな顔にオニキスの胸の奥がちくりと痛む。
本気で心配してくれているガレスに本当の事なんてとても言えなかったので、オニキスは誤魔化す事でこの場を凌ぐ事にした。
「ええ……すみません、やっぱり今日はその……ちょっと調子が悪いみたいです」
「そうか……とりあえず地上に降りて休める所を探そうぜ」
「ごめんなさい」
「仕方ないさ……また今度調子いい時にでもさ、空に連れてきてくれよ」
こうして二人は雲の上でのランデブーを終えて、吹雪の地上へと降りていった。