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ハジマリノヒ  作者: うぐいす
星のクオリア
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星のクオリア35

 ガレスの話が一段落した頃、胸中に渡来する複雑な感情からオニキスは何も言えなくなっていた。

オニキスは戦後の最初期、償いの日直後『混沌期』の生まれで、戦争当時の事に関しては現在のデータベースで知り得る程度の事しか知らなかった。

資料には『キメラ技術が世に広まり始めた頃、国家間の競争が激化し、徐々に非人道的な人体実験等も行われるようになっていった』というような事が書いてあって、オニキスはそれを知識として知っていると思っていたが……それはただの驕りであったと今思い知っている。

実際に人体実験の被験者として売られたという経験を語るガレスの体験、そしてその人生を直に目の当たりにした衝撃で言葉が出なかった。

調べて知った『知識』としての情報と、ガレス本人の『体験』として語られる情報は全く別のものの様に感じる。

ガレスが話が上手という程ではなく、分かりにくい部分や不明瞭な点も多かったが、それでも体験に基づいた話というものにはテキストとして知る情報よりも立体感があり、当時の情景や心情がわかりやすく、それがオニキスの心を大きく揺るがした。


「私は……本当に何も知らないんですね……」


 オニキスは無知な自分を自嘲するくらいしか出来る事が無かった。

それを見たガレスが気まずそうにまくし立てた。


「あー……悪い。俺の身の上話なんてするとさ、毎回微妙な空気になるのはわかっちゃいたんだが……俺の旅の理由を話すには外せない話だと思ってるし、その……オニキスが俺に興味を持ってくれたのが、嬉しかったから……とにかく、ここらで腹を割って話しておくのもいいかと思ったんだけど……いや、もう終わりにするか。俺は大体こんな感じだよ」


オニキスはガレスの目を真っ直ぐ見つめながらハッキリと言った。


「いえ、続きをお願いします……貴方の事が、もっと知りたいです」

「……わかった」

「いえ、不謹慎を承知で言いますが……ガレスの話は面白い。貴方が話そうとしてくれているのなら、私もそれを聞いて思った事を貴方に伝えたいと思うのです」


 オニキスの発言にガレスは目を丸くして驚いていた様子だったが、その内陽気に笑い出した。

ガレスが何故笑い出したのかわからず、オニキスは真面目な顔のまま頭上にはてなマークをいくつも浮かべていた。


「どうしました?」

「ハッハッハ!オニキスは真面目だなあ……俺の話なんて、何もそんなバカ正直に真正面から受け止めようとしなくてもいいよ」

「どーせ私は不器用ですよ……正面から向き合う事しか知りませんし、出来ません」

「……でも、ありがとな」

「え?」

「一応それなりに慣れてはいるつもりなんだが……この話をした時は、同情されるのが一番こたえるんだ」

「よくわかりませんけど、そういうものなんですか?」

「これでも一応頑張って生き抜いてきたつもりだからさ『かわいそう』って目で見られると、まるで俺の人生が全部『かわいそう』って思われてるみたいで嫌なんだよ……こんな話をしてるのは俺の方なのに、それだけじゃねーぞって言い返してやりたくなるんだ。でもそんな事を同情してる相手に言ったところでさ、余計にかわいそうって思われるだけだろ?『このヒト、自分が憐れだって認めたくないから必死なんだ』ってさ」

「……」


オニキスはガレスの言葉に返してあげられる言葉が自分の中に存在しない事に気付いた。


「だからさっきのはそういう意味の『ありがとう』だよ……その方が俺も話しやすいし」

「そういえば煌鱗ファンレン……どこかで聞き覚えがあるような……ちょっとまって下さい!もしかして……!?」

「そうだ。煌鱗ファンレンは償いの日の原因になったあの『ゲヘナ』を作った軍産複合体の名前さ」


 旧人類文明を滅ぼした大厄災『償いの日』を引き起こし、地球の大陸生態系を作り替えたという究極生命体ゲヘナ。

彼等と二人の天才が煉獄の名を関する究極を造り上げるのは、ガレスの過去とは別の、そしてもう少し先の話だ。


・・・


 それから時は流れて、ガレスが研究所に売られてから世界大戦を経て、もう二十年。

旧世界の何もかもが津波の様に押し寄せる新しいセカイから逃れられなかった。

人間の子供だったガレスは人体実験で獣性細胞を投与されてキメラ化し、そのまま成長し兵隊になった。

昔は煙を吸い込んだだけで咽ていたタバコも戦友達に教えられた所為で一丁前に吸う事が出来る。

しかし煙草を教えてくれた戦友はもう居ない。


「それから戦争中はずっと兵隊として戦い続けていた……んで、戦争が終わってからは傭兵として仕事をしながら家族を探して旅を続けている、と……まあ、こんな所だな」

「そんな環境で……よく生き残れましたね」

「昔から身体だけはデカくて頑丈だったからなぁ……俺の数少ない取柄さ」


 オニキスは飲みかけだったコーラを一気にあおると、空になったコップをタンッとテーブルに勢い良く置いて、大きく息を吐いた。


「弟さん、きっと見つかりますよ」

「……そうだな、ありがとう」


・・・


 確かに過去の戦争を経て、色んなものが変わってしまったが、変わらないものもある。

そして変わらないものがあるからそ、前に進めない。

終戦後の10年を丸々使ってガレスは一人で方々を調べまわり、両親と兄弟達の行方を捜し続けた。

そして親兄弟の死亡を一人ずつ確認してきた……しかしまだ安否がわからない者が一人だけ残っている。


(これだけ探して居ないんだ……ロイは、おそらくもう……)


 しかしガレスはロイを探すのを止める事は出来ない。

もし探すのを止めてしまったら、自分が「ガレス・ギャランティス」ではなくなってしまう気がして恐ろしかった。

今でも十分根無し草の様な生活だが、自分が家族を探すのを諦めてしまったら、自分のルーツを否定してしまう気がしたから。

自分が何処の誰でもない事に耐えられなくなってしまった時、自分がどうなってしまうのかわからなくて、ただそれが恐ろしい。

たまに街の外に出没する野盗達を羨ましく思う事さえある。

何もかもかなぐり捨てて、あんな風に生きれたらどんなに楽か……しかし自分がどんなに辛くても、それでもガレスは野盗達の様にはなれない。


(わかっちゃあいるが……でも俺が諦めちまったら、一体誰がロイを探すんだよ?)


 深夜、既にオニキスが眠った頃、ガレスは一人煙草に火をつけた。

煙草の煙を肺一杯に吸い込んで吐き出せば、心の痛みが少し和らぐ気がするから。

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