星のクオリア32
ガレスとオニキスは新月街を出発して北の玄武港を目指した。
最終目的地であるモスクワは中央大陸をぐるりと囲むように存在するユーラシア諸島の北東部にある為、陸路で行く事は出来ない。
かといって陸上よりも大型のモッドが多い海を何の準備も無い個人が渡るのはリスクが大きすぎるので、ネオパンゲア大陸の周囲を時計回りに巡回している海上都市ルルイエを経由するのが現実的なルートになる。
玄武港への道中、ネオパンゲア大陸北西部に広がる雪原地帯を通る事になった二人は適当なモーテルに入ってガレージを借り、バイクとサイドカーのタイヤを外してキャラピラとスキー板の雪上仕様に換装していた。
ガレスは鼻歌を歌いながら調子よく作業を進めているが、乗り物の事を何も知らないオニキスは手伝う事が出来ないし、かといって自分だけ暖かい室内でぬくぬく寛いでいるのもなんか気が引けるので、ガレスの作業する姿を近くの椅子に座ってボーっと眺めている事にした。
(そういえば私……ガレスの事、何も知りませんね)
ある日突然出会って、オニキスについて来た物好きで面倒見の良い青年……オニキスが知っているガレスの情報は本当にこれだけだ。
見た目は成人男性ではあるが、旧人類のほぼ全てがキメラ化した今の地球では、見た目と実年齢が乖離している事も珍しくない。
また老化のスピードにも個人差があるので子供に見えて老人の場合もあるし、原種の人類に比べてキメラは成長スピードが平均的に速いので、逆に成人している様な見た目なのにまだ生まれてから数年しか経ってないなんて事もある。
ガレスの普段の口ぶりや旅慣れしている態度から察するに、おそらくそれなりに年齢を重ねた大人だとは思われるが……とはいえ『もっと貴方の事を知りたいので教えて下さい』なんて、急に言っても困らせるだけかもしれない。
オニキスは何とか世間話っぽく彼自身の事を聞きだせないかと頭を捻った。
しかし皮肉な事に他人に興味を持って話がしたいと思った時に初めて、自分の会話デッキの貧弱さに気付くのである。
(……あ、そうだ!旅をする理由とか聞いてみるのはどうでしょうか!?)
この話題なら彼と親しくなった今であれば、世間話ついでに聞いてもおかしくは無い筈。
そう考えたオニキスは多少緊張しながら話を切り出した。
「ガレス……」
緊張のせいでちょっと声が上ずってしまった、はずかしい。
「……ん?もしかしてずっとそこに居たのか?部屋の中で待っててくれてもよかったのに」
ガレスは作業する手を一旦止めてオニキスの方へを顔を向けた。
「いえ、少し気になった事があったので……」
「気になった事?なんだ?」
話を切り出す事には成功したが、オニキスの脳内での予定通り『世間話を装って気楽に』とはいかなかった。
(ああもう、こんなはずでは……いや落ち着くのです私。確かに自然な世間話作戦は失敗かもしれませんが、かといって今更話を中断するのも変でしょう?ええい!もうこのまま行くしかありませんよ!)
それはともかくとして、ガレスは作業を中止してオニキスの隣の椅子に座った。
小細工に失敗したオニキスには、残念な事に単刀直入に聞くしか手段は残されていなかった。
「えと、ガレスの旅の目的ってなんですか?」
「……なんだ、そんなことか。まぁ月並みでそんなに面白い話でも無いんだが……家族を探しているんだ」
「家族ですか?」
「ああ、償いの日にバラバラになっちまってな……それでも両親が既に亡くなっているのは確認できたんだけど……弟の行方だけが今だにわからなくてさ」
「……見つかるといいですね」
「ありがとよ……でもまあ結局、こうやって気ままに旅するのが性に合ってるってのが、一番なのかもなぁ」
「性にあってる……?」
オニキスは不思議そうな顔をしていた。
それを怪訝に思ったガレスがオニキスに聞いた。
「どうした?」
「いえ、そんな事は考えた事も無かったものですから……クオリアとして生まれ、任務を遂行する事で研究所に貢献するのが当然なんだと思って生きてきました」
「ははは、生真面目だなぁ、オニキスらしいや」
「むぅ……!」
特に馬鹿にされたという訳では無いのだが、何か面白くなくてオニキスは膨れ面になった。
鉱物生命体のくせに随分と柔らかいほっぺただ。
「そういや腹減ったな……メシでも食いに行こうぜ」
「……」
「ん?もしかして怒ってるのか?」
「…………つーん」
「つーんてお前……」
オニキスは膨れっ面のまま、ぷいっとガレスから顔を背けた。
「ごめんごめん、悪かったって!」
「………………」
「コーラ奢るからさ、機嫌直してくれよ、コーラ好きだよな?な?」
「それは……頂きますけど……くそう」
元々大してそんなに怒る程の事では無いのはオニキスも分かっていたが、コーラと言われただけでちょっと嬉しくなってしまう自分自身のチョロさに少し腹が立った。
「決まりだな、じゃいこうぜ!」