星のクオリア30
メタトロンの奪還を一旦諦める事にしたターコイズとパールは新月街から1キロ程離れた場所にある林の中にひとまず着地した。
「ここまでくればもう大丈夫だろう」
ターコイズが微弱な電気を飛ばして、ソナーの要領で周囲を確認するが特に怪しい反応は見当たらなかった。
「……そうですね」
珍しくしおらしい態度のパールを見て、任務の失敗で気落ちしているのかと心配したターコイズがそれとなくフォローする。
「今回はたまたま邪魔が入ったが、次は成功するさ。そうすれば今回のも失敗では無くなる……とりあえず今は休んで英気を養おう」
「……」
ターコイズがキャスターを起動させると全長10メートル程の巨大な楕円形のシェルターが現れた。
最新鋭のモッド避けと隠蔽性能を兼ね備えた野外で宿泊する設備としては最高級品のものだ。
ガレスの様な貧乏傭兵にはとても買える代物じゃあない。
「一応準備しといて良かったよ、僕に野宿なんてとても無理な話だからね……まぁいい、とにかく僕はもう休むよ」
そう言ってターコイズはひらひらと手を振りながらシェルターに向かう。
「そうですね……貴方には少し、眠っていてもらいましょう……」
不意に聞こえた聞いた事の無い様なパールの声色を不審に思い、ターコイズが振り返ろうとしたその時。
「!?」
時すでに遅し、すっかり油断していたターコイズは、まんまとパールの光剣を背後から受けてしまった。
そのまま続けて両手足を光剣で貫かれて、シェルターの壁に昆虫標本の様にピン止めされた状態になってしまう。
襲撃者したパールは特に何の表情も浮かべてはいなかったが、どこか茫洋とした瞳には得体の知れない狂的な光が宿っていた。
「な、何のつもりだ……これは……?」
「貴方の力が必要なのです、ターコイズ……あの裏切り者を誅する為に……!」
パールの貌が徐々にマグマの様に噴き出して来た激しい怒りと屈辱で、見る見るうちに激しく歪んでいく。
プライドの高いパールは同じクオリア同士とは言え、自分がオニキスに敗北したという事実が、どうしても、何が何でも認められなかった。
今まで常勝だった自分が、初めて失敗したという事実はパールのプライドを激しく傷付け、その精神を追い詰めていた。
ターコイズはパールの尋常ならざる様子にうすら寒い何かを感じて恐怖の感情から声を荒げる。
「……何を言っている!?裏切ってるのは君の方だろう!直ぐに止めるんだ!!」
ターコイズの声も今のパールには届かない。
パールはそのまま躊躇なくターコイズの身体をあっという間にバラバラに分解して自由を奪った後、地面に散らばるターコイズの破片の中からゆっくりとコアを取り出した。
パールはそれを、プリデールに刺された開いた自分の胸部の傷の内へ無理矢理押し込み始めた。
石と石が擦れる不協和音が陽の落ち始めた薄暗い林の中に響く。
そして音が止むと、胸元にターコイズのコアを取り込んだパールが薄く微笑みを浮かべて立っていた。
「フフフ……これがターコイズの力ですか……」
普通に考えれば、例えば動物の内臓を物理的に体内に取り込んだからといって強くなったりはしないのは当たり前だが……しかし彼等はクオリアで、パールの我執からとった狂的な行動は上手くいってしまった。
マテリアル研究所のクオリアに関する研究資料の中にクオリア同士の合体強化が可能かもしれないと仄めかすデータは存在するものの、マテリアル研究所内でも危険過ぎてまだ実験段階にも到達していない内容だ。
勿論パールは研究データの存在すら知らないが、我執から狂気へ、そして遂にはある種の本能とも呼べるような衝動のまま、ターコイズの力を己の中に取り込む事に成功してしまった。
いつの間にかパールの顔からは微笑みが消えて、いつもの鉄面皮に戻っていた。
パールが試しに能力を使ってみると、右手に光剣、左手に雷撃が別々に生成された。
今度は二つの能力を同時に発現させてみると……なんと雷を纏った一本の光剣が生まれた。
それを適当な木めがけて放ってみると、今までとは比べ物にならない程の速度で光剣が進路上にある樹木を全て貫通し、最後には爆発して林の中に更地を作った。
奇しくもターコイズが苦手としていた雷に指向性を持たせる事と、光の速度を犠牲にして無理矢理攻撃力を上げていたパールの光剣のお互いの欠点を補い合う形となっていた。
「この力さえあれば……待っていなさいクオリア・オニキス……裏切り者めぇ……」
・・・
ガレスとオニキスの二人は翌日、改めて新月街を出発した。
パールとターコイズが再び襲ってくるのではと警戒しながらの道中だったのだが……二人に襲われる気配は全く無いまま順調に旅は進んでいた。
「あいつら、街を出たら直ぐにでも来ると思ってたが……なんか全然来ないな」
「もしかしたらパール達に何かトラブルがあったのかも知れませんね。勿論油断は出来ませんが……」
「よぉし、考えても仕方ない。今の内にドンドン先に進んじまおうぜ」
「はい、そうしましょう」
二人共これで危機が去ったと考える程楽天家では無いが、かといって何時来るか分からない敵に対して警戒を続けるというのも疲れてしまって長く持たない。
なので気晴らしになればと道すがら世間話でもする事にした。
「そういえばさ、新月街で戦ってた時に助太刀に来た二人って、もしかして知り合いだったのか?」
そう聞かれたオニキスは珍しく言葉を濁した。
「……知り合いというか……以前任務で戦った敵が、今回たまたま味方になっただけ、ですかね」
「へぇ、奇妙な縁だな。俺にも身に覚えがあるけど……まぁ戦いに身を置いていると、そういうことも偶にあるよな」
「今回は彼女達に助けられる形になりましたが……あの二人は危険です」
「そうなのか?俺は変わったコンビくらいの印象しか感じなかったけどなあ」
「桃色のドレスの方、プリデール・フルミネラは一年前に殺し屋『インビジブル』として七大都市を回り、53人もの要人を暗殺したとされる凄腕の殺し屋です」
「殺し屋かぁ……でもよ、新月街なら別に珍しくもないんじゃないか?」
「インビジブルが危険なのは異常なまでの戦闘力の高さなんです……彼女の凶行を止める為にグラングレイは特殊部隊ゲイズハウンドを投入しましたが、彼女は一人でゲイズハウンド全員を相手にしていました」
「ゲイズハウンドといやぁ、グラングレイの中でも最高戦力の一つに数えられる特殊部隊じゃねえか……俺も昔、戦時中に何度も聞いた名前だよ」
ガレスは過ぎ去った昔を懐かしむ様に目を細めたが、そんな感傷をオニキスは一蹴した。
「ハッキリ言って化け物ですよ、彼女は」
「珍しい。オニキスがそんな風に言うなんて相当なんだな」
「……私をあんな危険人物と一緒にしないで下さい」
「はいはい、わかってるよ……それでもう一人はどんなヤツなんだ?」
真剣なオニキスが少し面白くて、ガレスは思わず茶化してしまう。
「もぅ……パーカーの方、スゥ・サイドセルはグラングレイに核弾頭を撃ちこんだテロリストです」
「ん?爆弾ならサバイバーで無効化できるだろ?」
「グラングレイには市街地戦闘を想定して、街全域にアンチサバイバーフィールドを展開できる設備があるんですよ」
「なるほど……確かに一方的に銃を使えれば強いもんな」
サバイバーが無ければ銃は今も有効な武器足りえるだろう。
ならば皆使えばいいと思われるかもしれないが、問題はアンチサバイバーフィールド発生装置がデカ過ぎてキャスターでの携帯すら不可能な事だ。
おまけにランニングコストや維持に莫大な費用がかかる。
「あの時はそれを逆手に取られてアンチサバイバーの管理システムをハッキングされて、短い時間ですが町全体が飛び道具に無防備な状態を作り出されて……そこを狙って核弾頭を撃ち込んだんです」
「へぇ~、やる事が派手だなぁ~」
どこか楽しそうにオニキスの話を聞くガレスに、オニキスはちょっぴりムキになった。
「あの時は本当に大変だったんですからね!……私の能力を全開にしても爆発の威力を抑え切れませんでしたし……」
「ええ!?抑え込んだって核爆発をか!?オニキス一人で!?」
「ふふん、私だって結構凄いんですよ?」
「しかし今回はそんなアブネー奴等に助けられたってんだから、ホント世の中わかんねえもんだよなぁ」