星のクオリア25
時間は少し巻き戻って、パールが奇襲を受ける少し前。
オニキス達が闘っている場所から二本向こうの橋、戦闘中の四人を見下ろせる位置にある別の橋に二人組の人影が見える。
一人はパーカーを着た女性で橋の手摺に腰掛けており、その横には黒いフリルがふんだんにあしらわれた薄桃色ドレスを着ている貴婦人然とした女性が立っていた。
パーカーの方は新月街のなんでも屋、スゥ・サイドセル。
ドレスの方は最近花屋に転職した元殺し屋、プリデール・フルミネラ。
スゥは多機能そうなゴツゴツした双眼鏡を片手にクオリアの戦いを見物しつつ、サンドイッチのパクついていた。
プリデールはスゥの隣でお洒落なオペラグラスで戦いを眺めている。
「さて、あいつ等を大人しくさせるのがアタシらの今回の依頼って訳なんだが……なんか見覚えあるヤツが居るよな?」
戦いの動向を見張ったまま、スゥがプリデールが問いかける。
するとプリデールが緊張感と抑揚が無い口調で答えた。
「そうねぇ……あの黒い子、前にグラングレイで戦った事があるわ」
「あぁ……やっぱあの時のか、確か左腕を吹っ飛ばされたんだっけ?」
「ええ、そうよ」
「丁度いい、お礼参りといくか?」
「あんまりそういうのは興味無いわね……依頼だけ済ませにいきましょう」
「その意見にはアタシも賛成だけど『すいませーん、戦うのやめてくださーい!』つって、やっこさんら言う事聞いてくれるかね?」
「……さあ?」
「そこはやってみねえとわからないか……さてと、じゃあどういうプランで仕掛けるよ?」
サンドイッチを食べ終わったスゥが立ち上がる。
「様子見してから奇襲するのが効率的かしらね」
「あんまり待ちすぎて被害がデカくなるとクライアントからクレームが入るかもだが……アタシらの身の安全と確実性も捨てがたいよな」
そう言ってスゥはキリっとした表情で二個目のサンドイッチを手に取った。
「アタシは敢えて確実性をとって様子を選らぶぜ……敢えてね?」
「それはいいけど……貴方、戦う前にそんなに食べて大丈夫なの?」
「逆だ、腹が減り過ぎてて動けねーんだよ」
「ゲロ吐かないでちょうだいね、汚いから」
「そんなヘマするかよ……つーかこの街で命のやり取りの度に気ぃ張ってたら、メシ食う時間なんてとれねーだろ」
「それもそうね」
・・・
そして今。
つまりプリデールがパールの胸をナイフで貫いた瞬間。
「き、貴様…………!?」
ヒトでいう所の心臓の辺りを貫かれた状態のまま、それでも話せるパールを見て襲撃者プリデールは少し驚いた表情をした。
クオリアは生物化した鉱物である為、コア以外の部分を損傷しても致命傷には至らない。
しかもそのコアはダイアモンド以上の硬度がある上にクオリア本人の意思で体内を自由に動かせるときたもんだ。
クオリアの特性を知る者はごく限られた少数である為、プリデールも勿論そんなことは知らない。
「あら驚いた。心臓を一突きにした筈だけど……まだ動くのね?」
「ヒト風情が……なめた真似を……!!」
パールの意識がプリデールに向いた事でオニキスは街中で能力を使わなくて済んだ訳だが、その胸中は心臓を刺されたパール以上の驚きと混乱でそれどころではなかった。
「なあっ……!?何故ここに『インビジブル』が!?」
オニキスは過去にプリデールと戦闘した経験がある。
インビジブルというのはプリデールが殺し屋だった頃のコードネームだ。
以前ゲイズハウンドという特殊部隊の後方支援で交戦し、その高すぎる身体能力に舌を巻いたのを鮮明に覚えていた。
その時は途中で邪魔が入ったせいでオニキス自身も酷く損傷し、まんまと逃げられてしまった。
「小賢しい真似をっ!今の奇襲で仕留め損なった事を後悔させてあげましょう!!」
パールは驚きこそしたものの、素早く的確に反撃に転じた。
自分の後頭部より少し上に光剣を作り出すと背後の襲撃者へ突き刺さるように光剣を操る。
しかし光剣は虚しく空を切って地面の瓦礫に突き刺さった。
プリデールはパールの背後から消えるように移動すると、クオリアの二人から少し距離を取った場所に姿を現した。
戦場に似つかわしくない薄桃色のドレス姿は、相変わらず浮き世離れした雰囲気を纏っている。
「……お久しぶりね?えーと……黒いヒト?」
プリデールの突然の登場にオニキスは未だ状況が飲み込めていなかった。
(冗談じゃありませんよ!!……パールとターコイズだけでも手一杯だというのに、よりによってインビジブルまでこの場に現れるなんて……!?)
以前オニキスと共闘したゲイズハウンドという部隊は個人の戦闘力ではクオリアシリーズに劣るものの、固い結束から繰り出される曲芸じみた集団戦闘術はクオリアすら圧倒しかねない程の強者たちだった。
その猛者達を相手取り、プリデールはたった一人でゲイズハウンドと渡り合っていたのだ。
(よりにもよってこんな時に何故!……何故……??)
焦燥から苛立ちを覚えていたオニキスだったが、ふと疑問に思った事があった。
(……そもそもインビジブルは『何故』ここに現れたんでしょうか?)
いくらなんでも偶然ここに居たとは思えない……となればおそらく街中での騒ぎを聞きつけた何者かの差し金と考えるのが自然だ。
(もしかして新月街のマフィアが彼女を……?そうだとすれば今のインビジブルは『まだ』私の敵では無い……?)
追い詰められていたオニキスにかすかな希望が見えた。
一体どうなるのか全くわからないが、やってみなければ始まらない。
追い詰められているオニキスにとって、それは賭けだった。
「助けてくださいインビジブルさん!私達は彼等に襲われているんです!!」
オニキスが声を張り上げてプリデールに助けを求めた。
それを聞いたパールは目を見開き、信じられないといった表情でオニキスを見つめていた。
間。
プリデールはオニキスを見つめると、いまひとつ感情の読めない平坦な声色で答えた。
「……いいわよ」
あまりにもあっさりとした返答に助けを求めたオニキス本人が一番派手にビックリしてしまう。
「………………えええええっ!?本当にいいんですか!?」
オニキスの余りのリアクションの大きさにプリデールが怪訝な顔をした。
「……どうしたの?助けて欲しいんじゃないの?」
「いえ、てっきり断られるものかと……」
「今回の私の仕事は街で暴れている暴徒の鎮圧だから、貴方に加勢した方が楽だと思っただけよ」
「あっそうなんですね」
オニキスは三つの理由から周囲の被害を考えて戦っていた。
オニキス自身の力が制御が難しく常に周囲を気にして戦う癖が付いているというのが一つで、二つ目が無関係なヒト達を巻き込みたくないという想い。
そして三つ目は、ガレスから口を酸っぱく『新月街では特に街を壊さないように気を付ける様に』と釘を刺されていたからだ。
新月街では殺人よりも器物損壊の方が重く見られる事が多い。
新月街はマフィアの街で、経緯はどうあれ街を管理しているのは彼等なのだ。
街を破壊するという事は、マフィアの顔に泥を塗るのと同義だとガレスが教えてくれていた。
話を聞いた時点でも一応理解していた筈だったが、今なら心の奥底から納得出来ようというものだ。
他の街なら軽犯罪程度の罪の重さである器物損壊でも、新月街でそれを行えば、マフィアの縄張りで顔に泥を塗ったとして、治安機構による取り締まりと司法機関による裁判をスッ飛ばして直で殺し屋を送り込まれるという訳だ。
(なるほど、こういう事だったんですね……ガレスには後でコーラを奢ってあげるとしましょう)
余談だがコーラを奢るという行為はオニキスにとって相手への最高の謝辞のひとつである。
コーラをプレゼントされたなら、人類で喜ばない者は居ないだろうという謎の確信がオニキスにはあった。
オニキスは離れて戦うガレスに心の中で感謝しつつ、自身に刺さっている光剣を破壊して体勢を立て直した。
「……ありがとうございます、インビジブルさん」
「気にしないでいいわ……それから私の名前はプリデールよ」
「わかりました、プリデールさん」
「……なんだかやり辛いわね、呼び捨てでいいわ」
「逆に呼び捨てだと私の方がやりにくいんですが……」
「……じゃあ好きになさいな」
過去に敵同士だったオニキスとプリデールが、今は味方として同じ戦場に立つ事になった。